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芭蕉布

2015年6月27日 (土)

作家の百田尚樹さんの妄想。

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              作家の百田尚樹さんの妄想に抗議することにする。

  6月25日に開催された自民党議員よる文化芸術懇話会の席で、作家の百田尚樹さんをゲストスピーカーに迎えて自由な歓談がされたことは6/26の新聞各紙の報道にある通り。

   わたくしたちの日本は憲法21条で思想・信条の自由が保障されている。誰もが自由に発言ができる。したがって百田尚樹さんがギャグで言った言葉だろうが、真意だろうが自由に発言されるコトは当然で大いにやればいい。真に結構な事である。


しかし、発言された内容が事実を曲げているとき、または憲法で保障されている自由を奪うような発言があれば、自由・民主主義・立憲主義を謳歌する国民として抗議しなくてはならない。ギャグで済ますことは出来ない。またギャグにして良い事では無い。


   まず、琉球新報と沖縄タイムスに対する発言は冗談・ギャグと言っているが「沖縄の2紙がなくなったらいい」しかし「政治的圧力で潰せという趣旨では無い」と百田さんは言う。両紙を批判したいのなら最後の口上を用意する必要な無い。この発言を文章に起しただけでも矛盾に満ちている。これがギャグとするならば笑いの才能が無いとしか言えない。それに、これで笑うなら人が居るのならギャグセンスが残念ながら無いと言える。


  両紙を真っ向から批判するならば、百田さんは理路整然と発言するべきである。また琉球新報と沖縄タイムスの2紙で沖縄県内の新聞発行数では98%以上のシェアを持つ県民に愛読されている地元の新聞である。もし、沖縄の2紙がなくなれば良いと思うならば県民に百田さんはどの新聞を読ませる気なのか。推奨の新聞を是非教えて頂きたい。


   さらに百田さんは普天間について「基地が出来てから周りに人が住み始めた」と述べているがコレは事実と異なる。戦前から集落・役場・駅があったが沖縄戦も収まらない最中に建設を始めている。したがって沖縄戦が終了したあと住民は帰る場を失い。基地の周辺に住むようになったのが事実で、この点も脚色している。

   軍用地料の話しはお話にならない程に脚色している。百田さんが発言されている言葉の根拠はどこにあるのか、そのまえに沖縄史について客観的に勉強をなされているか疑問でしかない。

   百田さんは発言に対して弁明をしている。当然の権利で詳しく話して頂きたい。また、ご自身が正しいと思うならば、もう少し勉強してから論陣を張るもよいと思う。さて、そこで気になるのが当日会場で百田さんを喝采していた多くの国会議員である。いまだに百田さんを援護・応援するコメントもなければ反省の発言もしない。実は国民に最も批判されるべきは参加した国会議員である。

   真の立憲議員ならば、自ら勉強に励みたとえ意見が異にしても正々堂々と緻密に論陣を張るべきである。また、自らと異なる意見を封じ込む事を是とするならば、それは覇権主義的な中国・人権を抑圧する北朝鮮など独裁国家を批判する立場には無いことを知るべきだろう。

 

主筆 朝比奈ひなた

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2015年4月11日 (土)

キャラウェイ高等弁務官と日本政府

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毎月沖縄からまとめて琉球新報を送ってもらっているのですが
この1面記事が私の心に留まったんですが・・・なんでしょうかぁ。
なんだか頭が真っ白になってしまい良い文章がかけません

ただ、言えることは、まさかこんな時代に「キャラウェイ高等弁務官」
の活字が出てくるとは思いませんでしたし、この言葉の重みが本土
に住む方々に届くのかぁ。その前に誰なの? 
なんて思われると、改めて沖縄と本土の遠さを感じてしまします。

凄く要領えない文章だぁ・・・。

朝比奈ひなた

2014年6月23日 (月)

沖縄慰霊の日

6月23日は沖縄慰霊の日で沖縄の学校などはお休みです。
さて・・・・私は何を書こうか少し考えてしましました。

↓ひめゆり 6月頃に咲く花
 花言葉は【可憐な愛情】【誇り】【強いから美しい】

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良く考えると不思議なことで、私の祖父たちは沖縄戦を体験しました。
親は荒廃した沖縄を見て育ちました。祖父は特に私には沖縄戦の
コトなど話したことはありませんでした。ですから直接は知りません。

ただ、ほかの家庭より深く平和について良く考えるようにな映画など
何気なく親に見せられた気がします。それが今の私の近代史好きの
原因なのでしょう。

東京に住んでいると沖縄が遠くに感じます。もちろん普通の方なら特に
なおさらそうだと思います。私はできれば近くに感じてもらいたいのです。

良ければ薄いマンが本で良いのでこの日に見てく出さるなら幸いです。

今年のお勧めは・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

Photo

大変読みやすい本です。図書館で探されても良いです。
書店で立ち読み!!でも、ぜんぜん構わないです・・・・。
どうぞ皆様の手に取って少しでもページをめくって見てください。

ひめゆり学徒隊の話をベースにした物語です。内容も原作者さんが
沖縄の方からきちんと聞き取り調査されて作られたのでしょうねぇ。
内容は非常に悲惨です。

近代史を勉強するなら歴女なら冷静かつ客観的に公平に分析して答えを導き出す。
ですから感情を平静に努めても、悲惨としか言葉にしかできえないのです。


わたしは、ひめゆり学徒隊の方とは直接お話をしたことはありませんが。
その他の女子学徒隊の方のお話しを直接聞く機会を得る事が出来ました。
真実はやはり悲惨です。ただし、私の乏しい頭で考える事です。事実は体験
した人しかわかりません。しかし、わかろうと思う努力は私は続ける決意です。


わたしはこの本の感想は書きません。思いは人それぞれですから。

それは私の文章で皆様がいろんな捉え方をする邪魔をしたくないのです。

ただ、私は近代史を好みます。歴史好むなら真実から目を背けないことが
私の責務だと思います。また、お話しをお伝えするのも義務だと感じます。

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よければ、どうぞ沖縄へ足を運んで楽しんでください。綺麗ですよ
たくさん遊んで買い物して美味しものを食べる(* ̄ー ̄*)

そして、良ければ1時間いや30分でもいいので・・・・・。
南部にある多くの戦跡の1か所でもいいので見て祈りを捧げてください。
沖縄を知る一歩になれば、これほどに幸せなことはありません。

朝比奈 ひなた。

2014年5月15日 (木)

沖縄のコト 5月15日は大切な日

東京三十五区物語では年に3回だけ沖縄を特集しています。

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それも特別な日に。今日は沖縄が日本になった日です。
1972年5月15日午前0時。

それ以前は琉球列島米国民政府の長官である高等弁務官が沖縄の全権を
持っていました。高等弁務官は米国陸軍の中将が任命されていました。

その下に民政を直接扱う琉球政府が作られました。この琉球政府が問題点!!
行政のトップである主席(首相と県知事の間くらいの人物)は高等弁務官の任命


それに日本に行くにもパスポートが必要でした。そして通貨もアメリカドルを使用

教育現場は矛盾してました。教科書の算数は日本円・生活はアメリカドル
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もう、見づらいですが、このパスポートが無ければ
日本にも行けません。40年前は国際線扱いで飛行機が飛んでいました。

それに沖縄県民ではなく琉球住民と書かれています。

そんな当時、米軍空軍による酷い事故がありました。
1959年6月30日嘉手納基地から飛び立った戦闘機が
故障して近くの宮の森小学校に墜落しました

死者17名・負傷者212名 学校は炎上しました。

保障も米軍の安い金額に泣かされることになります。

大小さまざまな米軍による事故・暴行がおこり、そのつど
裁判では泣かされていました。なぜなら裁判所は米国民政府が設置した
裁判所で行われていたからです。

こんな無法はダメだ。沖縄はどうしても平和な日本に復帰しよう
皆ががおもいました。あまりにも酷すぎる・・・。

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琉球政府の議会。立法院は抵抗を開始します。
まずは主席(県知事と首相の中間みたいな権限を持っていました)
を一般住民の選挙にしてほしいと高等弁務官に抗議します。

ようやく主席選挙が行われました。保守・革新の壮絶な選挙!!
そして当選したのが即時復帰・即時基地返還・平和な沖縄を訴えた

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琉球政府主席には 屋良朝苗さんが当選しました。

選挙の時は日本から来た議員は「屋良を選べば
戦争前の貧しい県になり下がる」と圧力をかけま
すが、それに県民が怒り屋良支持にまわりました。

屋良さんは少しづつ本土への復帰に向けて準備を
開始してしていきます。

そして、ようやくその日が訪れます・・・。
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1972年5月13日に米軍の民政機関
琉球列島米国民政府が解散します。
※中央にいる方が最後の高等弁務官。ランパート高等弁務官さん

そして、1972年5月14日深夜。ランパート高等弁務官は高等弁務官旗を下ろし
嘉手納基地から飛びたっていきました。


そして1972年5月15日午前0時をもって日本の一部になりました。

復帰式典で「みなす県知事 屋良朝苗」さんは宣言をします。
「琉球政府は1972年5月14日で解散し・・・
昭和47年5月15日をもって沖縄県が発足したことを高らかに宣言します」

西暦から年号へ・琉球政府から沖縄県へ・ドル通貨から円通貨へ・・・。

そして付け加えます「沖縄県民のこれまでの強い要求と心情を照らし合わせて
復帰の内容を見るとき、軍事基地の状態など実際は多くの問題を抱えたままの
復帰である。県民の立場から見ると決して満足できるものではない」

また「沖縄県民にとって復帰は強い念願であり正しい要求でした。これからも
自らが運命を開拓し、歴史を創造しなくてはなりません」

あれから40年近くがたちました。公共施設・道路・学校はみな整備されました
素晴らしく綺麗な建物と道路です。でも所得は最下位。基地の問題もあります。

どうぞ、沖縄に遊び来た時に「沖縄のコト」心にとめてください。

2013年8月15日 (木)

ふくやまけいこ先生 ひめゆり学徒隊をこの日に読んで。

Okinawa

 今日は終戦記念日です。毎年少しずつ終戦記念日が薄れていきます。
歴史の流れは早くて、私たちの過去を消し去っていきます。
でも、私たちは良く理解しないといけません。これは死んだ方々への義務です。

 

 昭和20年8月15日は日本が連合国に無条件降伏を宣言した日です。戦争が正式に終わった日ではありません。注意しなくてはいけない点です。ただこの日をもって時代が変わったのは事実です。帝都東京は消えてなくなりました。

 

 沖縄では昭和20年6月23日に日本軍の組織的抵抗が終わりましたが、正式に戦闘が集結したのは9月7日です。それまで戦闘は続きました。助かった人は県民みな収容所へ送られました。収容所にです・・・。
 

 そのなかで有名なお話が「ひめゆり学徒の物語です」特に、ふくやまけいこ先生のマンガが読みやすく可愛いタッチで描かれています。沖縄県立図書館(那覇市)にも置かれています。

 

 いまは平和なのは確かです。
 ただ尖閣諸島をめぐる中国の不当な行為は続いていますが。

 そのなかで沖縄の状態も大きく改善されています。アメリカ占領時代から基地は確実に減りました。戦争で破壊された首里城周辺は復元され元にもどりつつあります。でも依然として本質的な問題は進んではいません。

 なぜ沖縄県が基地問題で声を大きくするのか本質的な理由を本土に住む日本人が考える手掛かりにお読みになって貰えれば幸いです。

 ふくやま先生がお書きになった「ひめゆり学徒隊」は読みやすい良い本です。また終戦記念日に合わせて多くの書籍が本屋さんに並んでいます。どれでも結構ですので皆様の好きな本を買って見てください。そして伝える相手がいれば歴史を伝えてください。

 

 この終戦記念日に 朝比奈ひなた。