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2014年9月28日 (日曜日)

JNR津軽丸Ⅱ型船就航50周年 昭和39年9月17日 聖火を乗せて

連続4話の第三話になりますヽ(´▽`)/
ここまでモノレール・飛行機ときて船のお話をしようと思います。
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沖縄からYS-11で運ばれた聖火は昭和39年(1964)9月11日に
北海道千歳空港に到着。聖火リレーを開始です。でも北海道は
広い・・・。なので札幌市から一気に函館市へ向かいます。

そして函館港には・・・

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
ここまで来て・・・話しもどします┐(´д`)┌ヤレヤレ

昭和39年の国鉄の出来事と言えば?「東海道新幹線開通」と
いう人が大多数ですねぇ。と言うか、それ知ってる人は鉄道が
好きな人でわぁ。などと考えたり( ̄▽ ̄)ああっ。すいません

そんな中に登場したのが、青函連絡船の最新鋭船「津軽丸Ⅱ」
海の新幹線ともいえる最新鋭の鉄道連絡船でした。

青森駅と函館駅を結ぶ青函航路は距離は約113kmもあり
しかも、途中には難関の津軽海峡がある。難しい航路です。

昭和29年9月26日の洞爺丸台風で一気に5隻が沈没・・・
犠牲者1094名・乗員353名が死亡。ここに一時的に本州
と北海道間の交通が途絶されてしまいました。

こちらも十河国鉄総裁が先行投資をします。
昭和36年(1961)1月、
「青函連絡船取替等計画委員会」を設置して建設方針を決定

絶対に沈まない船。しかも新規の安全対策。速力の向上。
輸送力向上。物凄く難易度が高い造船計画です∑(゚∇゚|||)

この概念で昭和37年(1962)11月8日に神奈川県の浦賀重工で
「津軽丸」の建造がスタートします。昭和39年(1964)3月31日に
竣工します。そして練習航海が始まります。
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そして姉妹船の次女「八甲田丸」が同じ年の7月31日に竣工
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津軽丸姉妹はお客さんと貨物車両を一緒に乗せる船です。
その大きさは国鉄史上最大級に近い船になりました。
ちなみに津軽丸姉妹は7隻姉妹すごいでしょぉ(゚▽゚*)

全長が132m・総トン数8,278.66トン
最高速力21.57ノット→最高時速39.9km/h 
貨物車両は48両。そして、お客さんは一度に1200名も運べる。
しかも、当時では国内最大級の客船です。

それまでの洞爺丸型の姉妹4隻は
全長が118.7m・総トン数3,898.03トン
最高速力17.46ノット→最高時速32.3km/h
貨物車両18両そして、お客さんは932名

津軽丸型・・・凄い性能がUPですねぇ( ̄ー ̄)ニヤリ

安全には考えられるアクシデントを想定し建設してますよぉ。

お客様はすべて貨車を詰め込む場所の上になりました
これで、万が一の時は脱出するが容易になります( ̄▽ ̄)

もし、沈没しそうなら(もしもの為に)緊急時のゴムボートにへ
乗り移るための、世界初の膨張式滑り台も完備←飛行機の
脱出用滑り台みたいなモノかなぁ(^-^;

消火装置は火災報知器・スプリンクラー。
いまでは当たり前ですが50年前は最新式ですよぉ

海面より下の場所は多くの区画に分かれていて
2区画浸水してOK←浸水はダメですけどぉ
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エンジンも強力です( ̄ー+ ̄)
1,600制動馬力×4台×2系統ある(* ̄ー ̄*)
4つに1つにまとまり1つのスクリューを回します。
↑これは羊蹄丸さん( ̄▽ ̄)

大時化(おおしけ)の時に速力の維持が大切。津軽丸でも海峡で
波に船首を向けることが出来なければ大変なことに
なのでエンジンは一番大切な安全装置。合計6,400馬力で進めます。

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船底はたくさんの区画に分かれていて津軽丸の本当の心臓部です。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…
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さてさて、お話しを戻して聖火リレーは函館市内に入ります。

そして、国鉄函館駅の連絡船乗り場
最新鋭津軽丸がピカピカでお待ちかね( ̄ー ̄)ニヤリ

9月17日朝。
函館港8時10分出帆―青森12時50分着の4時間40分でしたが。
106便は聖火リレーにあわせてで函館発を9時出帆ですヽ(´▽`)/

護衛は海上自衛の駆逐艦「あきたか」「くまたか」が左右に着きます

最新鋭津軽丸は速力を上げて青函間を3時間50分運航です。
津軽丸のマストには五輪旗が翻ります。
午前11時。汽笛が鳴り、ファンファーレの船内放送。
北海道側の最終走者が掲げる聖火を青森県側第1走者のトーチへ。

 
 津軽丸は12時50分に定時に到着。青森駅桟橋に接岸。
青森港に停泊中の全船からお祝いの汽笛が一斉にまり響きました。
そして青森県からは聖火が二手に分かれます。

1つは日本海側の秋田県まわり・
1つは太平洋側の岩手県まわり。
そして東京へ( ̄▽ ̄)

もうすぐ昭和39年10月にはいります。
つづく。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…
津軽丸は1番早く引退して・・・なぜか北朝鮮に売られてしまいました。
その後の行方は知れず・・・はぁ・・・悲しすぎるil||li _| ̄|○ il||li

次女の八甲田丸は青森港にいらっしゃいます。
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こちらも、ことし50歳です。でも潮風が当たる船ですから
痛みが大きいです。雪も物凄いので維持が大変゚゚(´O`)°゚

皆様にお願いです。
どうぞ青森に行く機会がありましたら八甲田丸の見学如何ですか? 
大人500年・高校中学生300円・子ども100円です
国内に2隻しか保存さえていない大切な船。
どうか乗ってみてください

2014年9月25日 (木曜日)

YS-11正式飛行50周年  聖火を沖縄から日本へ 昭和39年9月9日

今年は日本の交通にとっては節目の年です。
第十八回オリンピック東京大会が開催されてから50年なのです。
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この昭和39年(1964)こそ、新しい交通機関の幕開けの年です。
鐡道趣味では4回に分けて新しくできた交通を取り上げたいと思います。

第2話は聖火輸送を務めた日本の翼 YS-11旅客機です(* ̄ー ̄*)
写真にあるのは↓試作1号機です

この飛行機も昭和39(1964)8月25日に運輸省から型式証明を認可
されています。型式証明・・・普通にお客さん乗せてもOKとう資格かなぁ。
どうにか東京オリンピックに間に合いました(^-^;でもぉ・・・。

本当は昭和37年(1962)8月30日初飛行をしたのです。でもねぇ・・・・。
出来が悪すぎてどうにもならない゚゚(´O`)°゚

とにかく飛んでから左右に曲がるとフラフラする。まっすぐ飛べない(涙)
振動も騒音も酷い。これじゃ・・・墜落する・・・。と言う事で大改造します。
試作1号機と2号機を2年も大改造しまくって普通になりましたヽ(´▽`)/

試作機が出来てないので増産もできない状態・・・・・昭和39年当時には
大改造しまくった試作機2機しかYS-11はないよぉ~・・・・il||li _| ̄|○ il||li
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そんな時に東京オリンピックの聖火リレーは型式証明取得した4日前に
アテネを出発してしまいました。ああっ_ノフ○ グッタリ

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

昭和39年(1964)オリンピック東京大会の聖火は、同年8月21日にギリシャ
オリンピアで採火されアジア地域12カ国を経て9月7日正午、聖火を乗せた
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「シティ・オブ・トウキョウ」号・日本航空コンベア880M型旅客機)が
那覇空港に到着しました香港で台風の為1日遅れて・・台湾へ。
そして那覇に到着です

聖火リレーの予定が大幅に遅れてしまいました。
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まだ、沖縄はアメリカの統治下で海外です。その場所が聖火のスタート
になります。沖縄で聖火リレーは約3日の予定で沖縄本島を1周します。
そうそう琉球郵政庁の記念切手もアメリカドル表記でしょ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

琉球高等弁務官の米国陸軍ワトソン中将は全琉球において日の丸の
自由掲揚を祝賀行事として黙認しました。那覇市の奥武山陸上競技場
では初めて国旗掲揚時に「日の丸」そして「星条旗」の順で掲揚( ̄▽ ̄)
戦後19年で初めてのことでした

でも、台風の遅れていたので急遽聖火は予定通り9日に出発Σ(゚д゚;)
聖火は沖縄で分けて全琉をまわって後で聖火を合流する計画に変更
でも、良かったねぇ(* ̄ー ̄*)

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おめかしをしたYS-11(試作2号機)は日本から前日に那覇空港に到着

結局は飛行機は試作機2号機を、日本航空機製造㈱からレンタルして
全日空が運航することに、大急ぎで内装と外装を治しますしが、塗装が
中途半端

機体のセンター部分のカラーが日本航空機製造の色なのに(* ̄ー ̄*)
尾翼は全日空

まぁ、超急いで全日空的な塗装に変更したので仕方ないですねぇ~
機体横には「聖火輸送特別機」と五輪マークを大書し威風堂々です

9月9日午前6時58分に那覇空港を離陸します。
そして日本本土へ向かいます(* ̄ー ̄*)

アメリカ施政下の琉球列島を離れて、奄美大島からは日本に入ります。
ここから護衛に航空自衛隊の戦闘機4機がYS-11を守ります。

国産の翼YS-11が、一番輝いていた時かもしれませんねぇ~( ̄ー ̄)ニヤリ

聖火特別輸送機は鹿児島空・宮崎空港そして、途中に給油に名古屋空港
に寄り、そして千歳空港と1機で日本を横断しました
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聖火輸送を記念して
全日空のYS-11は愛称をオリンピアと呼ばれました。
機首にも オリンピアと書かれて自慢たっぷりです。

この聖火リレー後の昭和40年からYS-11の本格的な量産スタート
182機が日本と世界のあらゆる空へ羽ばたいていきます(≧∇≦) 

聖火を輸送した試作2号機さんは
事故にも合わず、昭和55年(1980)に解体されるまで大活躍しました。
でも、保存されずに残念。試作1号機は成田の航空博物館に屋外展示
されています。

鐡道趣味でのYS-11の記事になります↓
http://harumi-sta.cocolog-nifty.com/khk/2014/06/ys-11-16e3.html

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

さて、おまけですが
1964年東京大会の聖火リレー表です。
かなり不思議なコース走ってますねぇ。
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第1コース 9月9日(水)~10月9日(金)
鹿児島 → 熊本 → 長崎 → 佐賀 → 福岡 → 山口 → 広島 → 島根 → 鳥取 → 兵庫 → 京都 → 福井 → 石川 → 富山 → 新潟 → 長野 → 山梨 → 神奈川 → 東京

第2コース 9月9日(水)~10月8日(木)
宮崎 → 大分 → 愛媛 → 高知 → 徳島 → 香川 → 岡山 → 兵庫 → 大阪 → 和歌山 → 奈良 → 京都 → 滋賀 → 三重 → 岐阜 → 愛知 → 静岡 → 神奈川 → 東京

第3コース 9月9日(水)~10月7日(水)
北海道 → 青森 → 秋田 → 山形 → 新潟 → 群馬 → 埼玉 → 東京

第4コース 9月9日(水)~10月7日(水)
北海道 → 青森 → 岩手 → 宮城 → 福島 → 栃木 → 茨城 → 千葉 → 東京

昭和39年という年にようやく日本の空に飛べたSY-11のお話しでした。

2014年9月20日 (土曜日)

東京モノレール 開業50周年 昭和39年9月17日

今年は日本の交通にとっては節目の年です。なぜ・・・?
それは第十八回オリンピック東京大会が開催されてから
50年になるのです。ハッキリ言って私生まれてません。

もちろん写真もありません。・・・どうしたモノかぁ  _| ̄|○

どうか4回に渡る話を聞いて下さい ああっどうしよぉ
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ちょっと真面目に(゚▽゚*)

この昭和39年(1964)こそ、新しい交通機関の幕開けの年です。
鐡道趣味では4回に分けて新しくできた交通を取り上げます

第一回のお話は
東京国際空港(羽田空港)から都心へのアクセス機関
日本で初めての本格的なモノレール。東京モノレールです。

日本で初めてのモノレールは昭和32年(1957)に開業した
上野動物園―同分園間の約300mが法律的に地方鉄道法
に基づく初めての交通機関になりましたが・・・。
まだまだ、遊園地の乗り物であり実験線でもありで次の登場
を待つことになります。 残念

時に日本の高度経済成長が始まります。その絶頂点そして!
目標点として、昭和34年(1959)に運命的に昭和30年代の
最後の年、つまり昭和39年にオリンピック東京大会の開催が
決まります(* ̄ー ̄*)  やったーヽ(´▽`)/

戦争が終わってから20年以内に世界規模のイベントを初めて
東洋で開催するのです。昭和30年代の最後の年に
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さて開催決定から残り5年です。さぁ突貫工事がそこらで始まり!
納期期日は開催日は昭和39年10月10日前までに完成すること。

でも、当時の日本はまだ、まともなインフラが無い状態でした

当時の空の玄関口は羽田空港が唯一のメインゲートでした!!!
でも羽田空港への交通機関はバスだけ。それは無理 さてさて

都心からトンネルを掘って鉄道を引くのはお金がかかる・・・・・・。
何しろ京浜運河の真下をトンネルを作るのは5年じゃできない・・。
陸地を通るのは用地買収が必要。しかも、なぜだか京浜急行の
穴守線の延伸を拒否してきて・・・。さてさて( ̄○ ̄;)!

ならばぁ、海の上なら用地売却も簡単だぁ。と言う訳で( ̄ー+ ̄)
昭和36年に日本高架鉄道→東京モノレールが免許申請をします。
新橋駅―羽田空港間 14.2km 昭和36年12月26日に交付され
残り約2年10カ月で計画・突貫工事をスタートします。

起点は用地の関係で国鉄浜松町駅に隣接することにして!!
そして最大の問題。工事区間の、ほとんどが京浜運河ですよぉ
橋脚を立てる難工事・・・。
本格的に橋脚を立てたのが昭和38年8月もう1年前( ̄Д ̄;;
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完成した駅は浜松町駅と終点の羽田駅の2駅だけの直通運転
そして昭和39年9月17日。かなりの問題を抱えてのスタート!

日本で実用的は初めてのモノレールの登場です。編成も6両編成
最大7分間隔で走れる・そして乗車定員480名。遜色なしです

開業式のテープカットには
河野一郎オリンピック担当大臣も参加して
あとは東京オリンピックの開催を待つばかりでした。
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しかし・・運賃が恐ろしく高い(´・ω・`)ショボーン 
乗車券の往復運賃は450円・片道250円です。50年前の450円

ちなみ国鉄の初乗りが20円、タクシーの初乗りが100円。

現在の都心のJR初乗りを130円すると20円→130円で約6.5倍増
これを当時のモノレールの往復運賃450円に置き換えるとどうかなぁ。

大人往復2,925円(・_・)エッ....? 
ああっ。
片道割引で1462.5円ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ… 無理ですよぉ。
※ちなみに↑の料金なら現在のJR東海道線で東京駅―小田原駅間
が大人片道1490円(切符で)なので距離83.9kmも行けてしまう。
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なんでこんなに高い運賃なのか┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

日本モノレール協会の記事に
東京モノレールの城戸久副社長さんが運賃について話しています。
「京浜運河の軟弱地盤とオリンピック工事による人件費高騰が圧迫
また、工事期間が少なく突貫工事になったので当初計画より50億円
も多く費用がかさみ、運賃を上げなくては採算が取れない」

つまり計画予算の超過を言われています。計画は難しいですねぇ。
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それにしても
まだ蒸気機関車が普通に走っていた時代に↑の近未来的な
モノレールが出来たのですがら前衛的ですよねぇ。 
完全に未来です( ̄▽ ̄)
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現在の東京モノレール。初代のカラーリングの車両がありますよぉ。
少し色が違うよぉーなぁー(* ̄ー ̄*) 
でも空をイメージした良い色です。

さてさてっと(* ̄ー ̄*)

時は移って、昭和58年(1983)の片道運賃は大人270円です
19年時が経過して片道運賃が20円上がっただけ。
凄い経営努力です。

もちろん
その前に昭和41年(1966)11月1日には40%の運賃値下げを
して本格的な巻き返しを図り。途中駅も作り。首都高速羽田1号線
が混雑が酷くなり、ようやく普通の鉄道機関として役割を果たして
いきます。 よかったねぇ(v^ー゜)ヤッタネ!!

きょうは昭和39年生まれの東京モノレールさんでした(* ̄ー ̄*)

2014年9月15日 (月曜日)

小旅行・・・ いすみ鉄道から小湊鐵道へ 房総半島/東京湾横断旅行

本当に持病で身動きが取れない状態で
お茶を濁した記事でごめんなさい

久々の鐡道記事です。
いいのか鐡道趣味(´・ω・`)ショボーン まぁ・・・ご勘弁を( ̄ー+ ̄)

私的には地元の沿線と23区内くらいと┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~
そして親戚などがいる沖縄しかあまり一人で移動しない状態 
病気で倒れると大変ですから念のために仕方がない残念だぁ。

でも、ちょっと持ち直したのと、お盆に東京の墓参りを家族で
華麗にスル―した為に・・・9月の3連休の1日を使い墓参り

お墓はちょうど千葉県いすみ市の大原←東京から100km離れてる。

家族で3人。約1名・・・父を家に放置して行くことに(゚▽゚*)
帰りは千葉県房総半島を横断そして東京湾もアクアライ横断に
チャレンジです(* ̄ー ̄*)
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プランニングも私がしたので無理なく・・・かなぁ・・・。
東京駅総武線地下ホーム3番線8:42発 
上総一宮駅行きでスタートです。
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とりあえず普通グリーン車で体を慣らして

上総一ノ宮駅から外房線各駅で大原駅に到着です( ̄▽ ̄)
ちょうど10:25着 急いで「いすみ鉄道」に乗り換えて
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大原駅発10:33発の気動車に乗れました(* ̄ー ̄*)
ちなみにお寺さんは次の駅「西大原駅」1駅区間180円です。

そして、早急に墓の清掃を終了させてしまい。また西大原駅に
墓参り20分で終了_| ̄|○ いいのかなぁ。まぁいいかなぁ。

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う~ん。久しぶりに来てしまったけどローカル線ですねぇ。
天気が良くて風か良い感じですが・・・まわり何にもないよぉ
40分待って・・・やっと来ました・・・。
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ここから大原駅。起点の駅に戻ります。
ふと車内をみると可愛い絵・・・。
へ~え。面白そうなとこがあるんだなぁ。いきたいです

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さて、大原駅に到着して・・・時間ありすぎなのでお昼ご飯

大原駅で五井までの割引片道乗車券を買いました( ̄ー+ ̄)
ちなみに券売機は食券の自販機みたい∑(゚∇゚|||)

ああっ。もちろん売店では絵柄の切符もありますから好きな方を
金額は大人1700円で進む方向のみ途中下車可能です。

13:25に急行列車が折り返し入線してきました
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この電車・・・違う・・・←(早い)気動車が折り返し
「急行3号」上総中野駅行きになります( ̄▽ ̄)

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車両は2編成で、今日の急行3号の指定席は特別
和菓子列車として食堂車スタイルで営業とのコト・・・。
さっき食べったばっかなので残念して。
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自由席に乗ることにしました。急行券は300円です。
ちなみに和菓子列車は1000円。和菓子食べたかった

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急行自由席は、この朱色の列車・・・ホームからはみ出している・・。
早くから並んだので1番最初に好きな席が選べました(* ̄ー ̄*)
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もう、窓全開です。でも、顔や手は出しませんよぉ。ケガします。
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車内の中吊り広告も懐かしいかったですねぇ。フルムーンパス
この時代の鐡道は運賃的なサービスが良かったって話を聞くと
羨ましいです。

さて、13:52発。列車は動き始めて、トロトロ走ります(* ̄ー ̄*)
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田舎です・・・どこまで行っても田舎です。私は暮らせない・・・。
とぉ確信してしまうほど田舎です。

さて急行列車は国吉駅でサービス5分間停車です。ここにはムーミンの
部屋なんかありますが多くの人は列車を撮影していました(・_・)エッ....?

まぁ。わたしも・・・そうですが。でもムーミンも見に行きましたよぉ
P9142664
なぜかJR久留里線の車両が・・・・。
仲が良いのなら、いすみ鉄道がJRに少し乗り入れ
してくれると嬉しいかもぉ・・・無理ですねえ・・・・・。
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5分間停車後は、またノロノロ走ります( ̄▽ ̄)
急行列車は終点まで行きますが、私たちは観光で途中下車
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大多喜駅で降りて。観光をスタートです(* ̄ー ̄*)
まぁメジャーな大多喜城へGO!!
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駅から800mくらいと考えていたのですが・・・お城なんですよねぇ。
簡単な場所に作るはずない。なだらかな坂を延々と歩き着きました

鉄筋コンクリート作りの強固なお城il||li _| ̄|○ il||li 観光地ですから。
さて、もと来た道を帰りましょう 帰りは下りで楽ですねぇ

P9142693
途中に川が流れていて綺麗でしたよぉ。そこにかかる鉄橋
紅葉の時期は綺麗かも。電車←違う・・・気動車の撮影に
如何でしょうか( ̄▽ ̄)

さて、のんびり坂道を下ってると、さっき終点まで行った急行が大原行き
として戻ってきていました_/\○_   ε=\_○ノ イヤッホーゥ!

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なんとなく昔・・・・そう大学生の時に山陰本線でこんな風景を普通に
見ていましたねぇ。なんとなく思い出しました。かなり昔な感じなのに
急行列車はトロトロと大原へ戻っていきました。
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そんなもんで、私たちは15:57発の普通で終点をめざします。
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それにしても・・・駅名が「デンタルサポート大多喜駅」
意味が解らない・・・。不思議な駅名だぁ(*^-^)

さて、気がつけば終点の上総中野駅。ここで小湊鐡道に乗り換え
乗り換え時間はわずかに3分・・・。

A

さて、ここからは五井駅までは小湊鐵道さんの活躍です。
こちらも、ちょっと古い感じの気動車さんです。
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車内に乗り込むとロングシートなんですねぇ。
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意外にも人も少なく・・・さぁ出発です( ̄▽ ̄)

でも、車内の冷房が効きすぎ寒い。それに揺れが激しい
バスより揺れる。凄い体験をしているなぁ・・・。

しかも駅が多い。ドアの開け閉めでうるさい

そんな思いをして終点の五井駅に到着です。
五井駅には小湊鐡道を支える沿線の高校の絵が飾ってました。
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デザインセンス良いですねぇ。特に構図をきちんと計画的に立てている
目線が中央から四方に広がる形は見る人に奥行と絵を大きく見せる力
があってよいですねぇ。
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こちらも素敵です。小湊鐡道も営業努力していますねぇ。

さてさて
五井からは羽田空港行のリムジンバスで東京へお帰りです!
リムジンバスでは私は酔わないから快適と思いきやぁ

アクアラインの渋滞で50分の所要時間が2時間になり・・・
東京に着いたら夜でした。ああっスカイツリーが地味に見える。
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でも、久々に列車に乗った感じですが、帰って来てからは反動で
う・・・動けない。やはり。もう少し楽な旅行をしようと思いました。
おしまい( ̄ー ̄)ニヤリ

2014年9月 9日 (火曜日)

羽田に二匹 ジンベエザメさん 日本トランスオーシャン航空

半端なく眠いです。ただいま朝の6:40ですΣ( ̄ロ ̄lll)
家を出たのが5時くらい・・・┐( ̄ヘ ̄)┌

何をしに来たかと申しますとジンベイザメを見に来ました。
場所は羽田空港
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はぃ。日本トランオーシャンのピンクのジンベイザメさん。
今日は朝も早くから東京から石垣島へ(* ̄ー ̄*)
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東京(羽田)JTA67便6:40発→石垣島空港に10:00到着
約1952km・・・遠い・・・・凄く遠い・・・。
でも国内線でこんなに飛行機に乗れるのはこれくらいかなぁ。
頑張っていってらっしゃい

さて、今日は日本トランスオーシャンはたくさん来てます
沖縄の翼も頑張って東京にドンドン来てねぇ( ̄ー ̄)ニヤリ

次は青色ジンベイザメさん
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東京(羽田)JTA21便6:55発→宮古島空港に9:50到着

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東京から琉球諸島の島々へ沖縄の翼JTAが結びます。
ぜひ、日本トランスオーシャン航空をご利用くださいませ。
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それにしても、眠いよぉ。体がダルイ・・気持ち悪いorz
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朝早すぎです。本当に・・・もう少し遅く出くれないかなぁ
夜とかだと最高にいいんだけどなぁ

天気が良くて2匹が揃う日なんて東京の羽田空港では
あんまり・・・ていうか・・・滅多にない_ノフ○ グッタリ

だけれど愛情です( ̄ー ̄)ニヤリ

でも、午後には体調悪くして無理・・・。朝早すぎる・・・。

2014年9月 4日 (木曜日)

ALL FOR YOU ANA 全日本空輸

毎度ながら羽田空港!!
もちろん全日本空輸のメインターミナルに久しぶり
着てみました( ̄▽ ̄)

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やっぱりANAですよねぇ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~
なんといっても全日本で空輸ですから・・・。

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ALL FOR YOU ANA 
そんなわけで・・・またまた旧型塗装の機体の登場です

これから折り返り、沖縄(那覇空港)へ行きます
少し遅れ気味なので折り返し作業は大忙しです・・・。
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さて、お客さんを乗せる前に地上職員は大忙しです!!
整備士さん・ハンドリングさん みんな短時間に集中です

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後ろの扉から荷物の搬入開始!!
前の貨物扉も空きました。なんかパックリ開いてますね

整備士さんはエンジンの点検を開始します(* ̄ー ̄*)

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さぁ。カウンターで預けた手荷物が到着しました。
ハンドリングの方々が積み込み作業開始です。
コンテナが次々と来ますよぉ
どんどん機体の奥に格納していきます。

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さぁ。機体にコンテナが入っていきます。
もぉ次々入っていきます。
折り返し時間を少し超えてしまってます
急がないと

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準備OK お客さんを機内にご案内(._.)アリガトゴザイマス!!
あとは管制官の出発指示待ちです。

この作業結構疲れます。みなさん・・・_ノフ○ グッタリ です。
朝比奈もちょこっとまじかで見た事あります。

さすがANAのチームプレーです。

みなさまの御搭乗お待ちしてをります(* ̄ー ̄*)

2014年9月 1日 (月曜日)

新都市交通システム事始め 日本初新都市交通 KRT 大活躍!! 

さてさて、今回は新都市交通システム事始めの
お話しをして見たいと思います。その前にです。
新交通システムって何によぉ( ̄▽ ̄)

ほら~ゆりかもめさん・日暮里舎人ライナーさん
ポートライナーさん・横浜シーサイドラインさんetc.
ゴムタイヤで走る電車さんのことです。

それでは新交通システムの御先祖さまの登場

これ見た事がぁ・・・ほとんどない無い人ばかり!
だと思います。とても不思議な青色の1両の車両
これが日本初の新交通システム「KRT」です
Ktr

なんだか小型のワゴン車を無理やり改造したような
感じですがぁ・・・ちゃんとした鉄道なんですよぉ!!
でも、自動車に見えてしまうのは・・・ひなただけ
140204_1658_001_2a
時は昭和50年(1975)自動車の凄い急速な普及で
道路はパンクしてました。地下鉄を作るには時間が
かかる。それにモノレールも採算が取れない・・・・。
バスじゃ運転士の人件費と運べる人数少なすぎる
しかも道路はパンクしている┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

そこで、バス+モノレールの中間的な乗りものを
作ることになりました でも、突然の実用化する
には問題が出るので博覧会で試験走行しようと
係りの人はを考えました。

そこで選ばれたのが日本で唯一鉄道がなかった
沖縄県なのです。ちょうど昭和50年7月20日から
開催される国際沖縄海洋博覧会EXPO75のぉ!
会場内メイン輸送機関に決定したあのですよ
Expo75_1

Aquapolisk
しかも規模も実用化を考えてかなり大規模です。
時に昭和50年(1975)7月20日この日が
新都市交通の初運行の記念日です
B
細長い海洋博博覧会会場に沿うように片道約1.8km。
終端はループして1週は約3.2km。路線総延長は車庫
線を入れて3.7kmもあります。う~ん大規模

財団法人沖縄国際海洋博覧会協会が法律の軌道法に
基づき期間限定の輸送しました。ですから、戦後初めて
沖縄で鉄道法が適用された
初の鉄道路線なんです( ̄ー+ ̄)
140204_1658_001_3a_2
駅も、北口ゲート駅・国際広場駅・南口ゲート駅の3ヶ所
設置されました。本当に実用化するための実験です

車両数は16両・最大運用15両で自動運転方式を取っ
ていました。最少30秒間隔で運行する優れものなのぉ

車両わぁ(* ̄0 ̄)ノ
小型に見える車両も案外大きいんですよぉ( ̄ー+ ̄)
最大定員30名 座席8人・立席22人です。
最高速度は48kmもだせます。

実用試験するのはもってこいの環境ですねぇ~。
A
造りはまさに新都市交通システムさんですねぇ。
今とまったく同じです。違うのは1両・・単体で走っ
てる点だけかなぁ 面白いけどねぇ

さらに優れもの点は1両なので駅で乗り降りには
混乱することを見通してして駅の後方で止まり自
動で扉を開け。降車後の前方のホームに進み乗
車させる。当時としては進んでますねぇ。
凄いぞっぉKTRさん
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沖縄国際海洋博覧会では会場内交通として大活躍
しますよぉ。6か月間で運んだお客さんは約401万人
1日2万2000人も運び続けました。
凄すぎです やったねぇ
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この実験を基に都市交通として実用化されたのがぁ
神戸新都市交通ポートアイランド線。路線免許申請
許可は沖縄海洋博覧会の2年後!!
そして開業は6年後

そこで大活躍をします。
それから少し間が空くけどぉ日本各地で新都市交通
が沢山できます。これも「KRTさま」のお蔭ですねぇ

今回は新都市交通の初めて物語でした。

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