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2015年1月21日 (水曜日)

宮松コレクションで見る都電5000形  もっと詳しく作戦です!!

さて、東京市電=都電5000形さんの記事つづきでございます
        前回の記事は予習してくださいねぇ   m(. ̄  ̄.)m

             【クリックです( ̄ー+ ̄)】
http://harumi-sta.cocolog-nifty.com/khk/2015/01/5000-f485.html
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↑【昭和36年(1961)1月2日 新宿三丁目 撮影 宮松金次郎】
  

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  今回の記事の為に少し資料をあつめてきました( ̄▽ ̄)

わたしの資料探しなんて~

「図書館にバーッと出かけて、ダぁーと資料図書を読み込んで・・・
  ドーンとノートに取捨選して書き止めればOK」

そんな訳でバーッとお出かけです(* ̄ー ̄*)
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【↑新宿区立四谷図書館 凄いでしょう】

そんな訳で、図書の多さでは定評のある新宿区立四谷図書館へ
「やっぱ走っていた地元の図書館は品数豊富ですよぉ」感心感心

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そこで、凄く簡単(まわりくどいかも・・・)に、まとめてみました~。
そうそう、できるだけ多くの人に読んでいただきたいので専門的な
電気系統 or 細かい専門的な点の説明はパス 

   説明には宮松コレクションの写真を見ながら解説しますぇ。
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↑【東京市電 新宿車庫 撮影 宮松金次郎】 

東京市電5000形さんは合計24人兄弟なのですが生まれは時期
で2つのグループに分かれております←重要ですよテストに出ます

  Aグループは昭和  5年度(1930)日本車両製作所:12人兄弟
  Bグループは昭和18年度(1943)日本車両製作所:12人兄弟

13年も歳が離れてしまったのは予算が窮乏で作りたくても無理

でも、戦中に東京市電の輸送力が限界になりました。なぜなら戦争
でバス用の軽油が枯渇です。
もちろん木炭バスもあるけど木炭にも限界があります。はぁ~。

そして、バス路線を利用していた人が残された東京市内の輸送機関
市電に殺到してきます。そこで、混雑路線の新宿線系統に市電最大
5000形が急遽ながら再度12両が作られたのでした。

ただ、13年後に作られたこと。戦時中のモノ不足で作ったことで、A
とBグループの電車には細部の違いがありますが、基本系は同じで
東京市電=都電では最大級の13m。100人乗りの車両余裕ある
設計を最大限いかして大活躍です~( ̄ー+ ̄)

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↑【昭和36年(1961)1月2日 新宿三丁目 撮影 宮松慶夫】

戦争で24人兄弟のうち3両が大破してしまいました。直せる2両を
どうにか直して、戦後は23人兄弟で生き抜いていきますぉ(≧∇≦)

☆写真は都電5011号車さん
初めに登場したAグループ兄弟の30年後の姿ですねぇ( ̄▽ ̄)
色が違います・・・どちらも白黒と言うツッコミはご遠慮ください(笑)

この色は私も見覚えが~強いクリーム色に朱色の線ですよねぇ~。
人によって黄色の色の強さ見え方の若干の違いがあるので難しい

あっと・・・それに・・・・屋根の上に着いている部品も違いますよねぇ
戦前は棒みたいなモノ。戦後はTの字した変な形のモノ

棒はトロリーポールと言います←そのままですがΣ( ̄ロ ̄lll)
棒の先端に丸い金具で電線から電気を取り入れていました。
でもガタガタと大きく揺ると電線から金具が外れてしまいます。

そこでTの字した変なものが登場です( ̄ー ̄)ニヤリ
これはビューゲルと言います。
T字の部分で電線から電気を取るのでガタガタ大きく揺れても
よほどのことが無い限り外れません   (・∀・)イイ!

少し改造されましたが まだ生まれたころの面影がありますね

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↑A 【昭和36年(1961)1月2日 都電大久保車庫 撮影 宮松慶夫】

☆写真は都電5006号車さん
現代的で別の電車に見えてしまうのは、私だけでしょうかぁ。凄い!

一番お兄さんに当たるAグループが登場してから昭和35年(1960)で
30歳になりました。さすがにボロボロ・・・。そこで新しく衣替えです

Aグループの5001、5004、5006、5009、5011、5012号車の6人が改造
昭和35年度(1960)交通局芝浦工場で3つ扉から前中2扉に変更です。

屋根もすっきりしていて綺麗ですね。それに行き先を示す正面の幕も
見やすい大きさ。側面の窓は大きいので安全の為に鉄棒が着いてる
そんなところかなぁ( ̄▽ ̄)

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↑B 【昭和39年(1964)12月16日 新田裏 撮影 宮松慶夫】

☆写真は5010号車さん
Aグループの残りの兄弟も同じ年に衣替えです。
5002、5003、5005、5007、5008、5010号車の6人が昭和35年度(1960)
大栄車輌でBの写真のように改造されました( ̄▽ ̄)

AとBは・・・。ん~ほとんど同じに見てしまいます。
間違い探しのように注意してみると・・・見た目では側面の窓に鉄棒が
着いて無い。そんなところかなぁ( ̄▽ ̄)

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↑C【昭和39年(1964)12月16日 新田裏 撮影 宮松慶夫】

☆写真は都電5019号車さん
なんか・・・ちょっと古臭い感じです。わたしの感覚ですが。う~ん。

これは、次男に当たるBグループが登場してから昭和33年(1958)で
17歳になりました。資材不足の戦争中に製造した電車でボロボロ
そこで新しく衣替えた姿ですがDの写真でですよ・・・なんか古臭い

昭和33年度(1958) から改造開始です。まずは5015号車が交通局の
芝浦工場で改造され、後のの電車は都電広尾車庫でナニワ工機が
出張改造されました。 これが、前と後の2扉改造タイプです。
この時、Bグループ5015.5017.5018.5019.5020.5021号車がコノ形に

無難な2つ扉の電車のイメージが野暮ったいかな←好みですけどねぇ
あと、良く見ると側面の窓が大きいので安全の為に鉄の棒が着いてる

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↑D【昭和36年(1961)1月2日 新宿三丁目 撮影 宮松金次郎
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↑E【昭和36年(1961)1月2日 日比谷 撮影 宮松金次郎】

☆写真は都電5023号車さん or  都電5019号車さん

次男のBグループの残りメンバーも、遅れるコト2年後に衣替え
やはり、戦争中の資源不足時代の電車なのでボロボロ仕方ない。
新しく衣替えた姿ですが写真のDとE・・・うん。ちょっと古臭い

昭和35年度(1960) 交通局芝浦工場で前後2扉タイプに改造です。
Bグループで5013・5014・5016・5022・5023号車の5人がコノ形に

なんか・・・ちょっと古臭い感じです。わたしの感覚ですが。う~ん。

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正直、都電5000形は2か所で改造されたので、細かな部分が違い
があり1台1台と個性がありすぎて、実は種類に区別するのは不向き
かもしれませんねぇ。気ままに改造したような部分もある・・・(ノ_-。)

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今回は宮松金次郎さんの御子息:宮松慶夫さんがのコレクションを
中心に写真をお借りしましたぁ。市電=都電5000形電車は改造で
細かな部分で種類が大きく分かれます。今回は凄くザックリと分類
してみました。素人なのでちょっと不安だぁ。

↓この写真でも解るのですが、改造前のAグループ「5016号車さん」
   Bグループ「5006号車さん」よく見てみるとココにも違いがあります
   左は「5016号車」は屋根部分と本体の境に雨樋がありますが右の
   「5006号車」は雨樋が無くて綺麗なアールですねぇ。

ここまで詳しい写真があるので間違い探しも楽にできます( ̄▽ ̄)
それにしても電車同士が近い・・・良く衝突しないで止めれるのかぁ。
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↑【昭和36年(1961)1月2日 都電大久保車庫 撮影 宮松慶夫】

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~ちょっと寄り道記事~

この記事を書く為に多くの都電が写された写真を見ました。都電が東京
都心の道から消えて、すでに約40年以上が経過しています。
つまり、東京で生まれた人でも40歳以下の人は都心を走った都電を知り
ません。私もその一人です。
わたしは2つの記事を「初めて知る都電」のような感覚で校正をしました。
わたしより年下の人が興味を持ってもらえると嬉しいです。

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わたしが生まれる前の事柄について書くのは凄く大変ですねぇ。
そして都電は東京では根強い人気です。多くの書物・HPなど
があります。それを見た人にとって私の文章は残念だと思います。

私が書くのはおこがましいのは当然ですがぁ。お許しください      
そして、1つの車両を掘り下げた記事は今回が初め。奥深です!
でもでも、諦めないで市電=都電の特集記事を書きたいです。

主筆 朝比奈 ひなた

協力 宮松コレクション(鐡道趣味社) 
【宮松慶夫さま 貴重な写真ありがとうございました】
※宮松コレクションの無断転用・無断転載は固く禁止しています。協力お願いします

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宮松金次郎 作品資料室」カテゴリの記事

コメント

こんにちは~。モモパパです。
すごく緻密にお調べになられたんですね。
トロリーポール終電からビューゲル方式集電。
変化はあれど製造された頃の面影は残ってるんですね。
ここまでお調べとはすごいの一言です。

モモパパさん。おはようございます。
宮松さまから貴重な写真を多数お借りできたので緻密に調べることができました。わたし一人の力ならできないコトです。
また、貴重な写真をお借り出来た時には皆様にご紹介をしたいと思います。

そうそう都電5000形だけで、ここまで写真が揃っていることは珍しいコトなんですよぉ

こんにちは。
たいへん貴重な写真と考察、色々大変でしたね。興味深く拝読しました。
集電方式が、ポールからビューゲルに変わった辺りの経緯もよく分かります。5000形は名車だったんですね。
余計な話ですが、昭和40年代に第1系統で走っていた5500形には都電で初めてパンタグラフが採用されています。子供の頃に鉄道関係の本で日本橋辺りを走っている写真を見たことが急に思い出されて、様々な車両があったなと改めて感慨を深めました。

快速特急さん。書き込みありがとうございます。そうですねぇ
都電はたくさんな電車を持っていたので凄く興味深いです。
最盛期には1000台以上の路面電車・・・凄い( ̄▽ ̄)
少しづつでも紹介が出来たら良いなぁ~と思っています。

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