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2015年9月28日 (月曜日)

国鉄ご自慢 特急こだま号の座席です!!

鉄道記念日が近づいてきたので真面な鐡道記事を書こう作戦です。
日ごろから手を抜いた記事を書いております。 朝比奈ですよぉ

さて、真面目に記事を書くとなると家にある難しい本読んだり、書庫
から本を引き出さないといけないのでメンドイですが頑張ってみます。

 そこで、今回は国鉄ご自慢の特急こだま号のお話です( ̄▽ ̄)
えっと 特急こだま号のベタな記事は多くのブログに超詳しい記事
があるのでパスして。ここは、少し趣向を変えて「座席」の話しを中心
にしますねぇ(≧∇≦)

 ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…

さて、時代はさかのぼり昭和31年11月19日に東京駅~大阪駅間が
電車で運転できるようになりました。そこで、特急列車も蒸気機関車
から東海道全線を電気機関車で引っ張られて走りだします。

そこで大問題。今までみたいな電気機関車+客車が良いのか??
それとも電車が良いのか国鉄役員たちの大議論になりました。
論議の話しは端折りますがぁ!結果は電車にする事になりました!
Zzaa
そこで東京―大阪間を日帰りで走る最新鋭電車としてこだま号が
生まれました。凄く話しを端折って書いていますので興味ある人は
調べてみて←いい加減なぁ

こだま号の車体はクリーム色と朱色の線。そして先頭はお馴染の
特急シンボルマークと横のJNRマーク。いまの時代まで続く国鉄
特急の原型が出来上がりますよぉ

登場した昭和33年(1958)11月1日に東京―大阪を僅か6時間50分
で走ります。もちろん大人気! その後も大活躍です。
特に昭和34年(1959)7月31日東海道本線の島田〜焼津間で最高
時速163kmをたたき出し!狭い線路では世界で一番早い電車に
なりました(*^ー゚)bグッジョブ!!

こんな、速く走れて大人気な特急電車に国鉄は気を良くして!!!
たくさん作るコトに決めました!! 昭和35年(1965)には東海道
本線の看板列車「はと」「つばめ」もこだま型特急電車に変更です

大人気な「特急こだま号」そこで、もっと利用してもらえるように8両
編成から12変編成に増加させます。そこで編成も増えるならもっと
デラックス感をUPするために国鉄のオジサン達は考えましたぁ
Photo
そこで、こだま型特急電車用に初めて本格的な食堂車を作りました
その結果は12両編成なのに1等車が5両・2等車が5両そして食堂車
とビュッフェ車の計12編成。まさに空前絶後のデラックス編成です。

さらに列車特急の展望車に見劣りしない豪華車両を設計します。
   速さ+人気+豪華さ=国鉄ご自慢をUPさせますよぉ
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     【当時のパンフレット 国鉄ご自慢 クロ151 】

そして生まれたのが国鉄ご自慢の「こだま号」の先頭に立つ超豪華
設計の1等車両。12両しか作られなかった国鉄最強の超豪華設計

この先頭の1等車1両の車両に定員18名だけ。同じ、こだま号でも
ほかの車両の1等車定員は52名なので広々と使えますねぇ。
ちなみに2等車72名ですよぉ。ほぼ1/3の定員で強烈に少ない人数
で広々と車内を利用できます。昭和30年代混雑する東海道本線を
優雅に楽しむ贅沢・・・凄いよぉ!

ただ利用するのは同じ1等車でも別料金「特別座席料金」が必要!
なので、お値段は「運賃+1等特急券+特別座席料金」が必要
すると運賃は東京~大阪間が昭和35年現在で6,100円 ( ̄▽ ̄)

※運賃の内訳【昭和36年9月現在(値段は税込)】
    1等運賃2,380円+1等特急券1,920円+特別座席券1,800円
     ※開放室・区分室共に料金均一。区分室の部屋売りは無しです。

※ちなみに当時の公務員初任給は約13,000円
   こだま号の食堂車のメニューをみると(昭和36年10月現在ですよ)
   若鳥のカレー200円・グリルチキン定食350円・コーヒー50円!!
そう考えると「6100円」てどれだけの金額なのぉ・・・凄すぎるよぉ

ハッキリ言ってお金持っていれば乗れると言う代物ではありません。
それなりの身分で、しかもお金持ちの方が乗る場所だったのですねぇ。
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 ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…

※※注意 1等車のこと 間違える方が多いので書いておきます
実は昭和35年(1965)7月1日から客室の区分が大きく変わりました
戦前からの1等車が廃止になり。2等車が1等車に格上げされました。
なので「特急こだま号」の1等車は戦前の区分だと2等車になります。

この2等車から格上げされた1等車は昭和44年(1969)5月10日からは
私たちが知っているグリーン車に名称が変わりました。

ちなみに戦前の3等車は昭和35年(1965)の改正で2等車に繰り上げ!
いまは普通車というお馴染みの名前で貧乏な私が利用しています

     ああっ 説明するのも大難しい( ̄▽ ̄)
 ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…
151
そんな国鉄ご自慢の1等車。車内は区分室と開放室がありました。

特に有名なのが開放室ですねぇ!! ↑写真が開放室ですよぉ。
座席の配置方法がアメリカでは「パーラーカー」と言うそうで、この
1等車車両の愛称もパーラーカ―と呼ぶ人もいます(゚▽゚*)

とても明るい車内が素敵です。この明るさの源は大きな窓ガラスが
原因。その大きさ横1920mm×縦995mmという巨大な窓ガラス!
ガラス1枚の重さは約70kg  国鉄史上最大の窓ですよぉ

大きな窓の下には小物が置けるスペースがあります。それに移動
式の小さなテーブルもありますねぇ。ちなみに少し大きな荷物は!
窓上の強化ガラス製の網棚に置ける便利設計ですねぇ

☆↑上の写真は超有名な国鉄がPR用に撮影した写真ですねぇ。
    PR用にエキストラに重役風の衣装を着せてポーズを取らせて
    撮影しているのでかっこよく決まっています!!

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さて、これこそ「1等車開放室用の座席」です。なんか凄いよぉ!!!
その名も「R2形」7方向での固定とリクライニングが可能なのです。
        さて回転固定できる7方向と言うと!!
☆定位置×2 窓側28度×2 通路側30度×2 向かい合わせ×1

そのなかでも窓側に28度回転させると、床に固定されている足乗せ
台に座席が垂直になりますねぇ。
この角度が国鉄お勧めの角度みたいです(≧∇≦)

  この特徴的な座席に使われている生地は「茶色格子縞模様」
 通称(エジプト)と言う生地を使用しています。とても綺麗ですねぇ。
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さて、開放室は定員14名だけ。国鉄ご自慢のサービスも手厚いよぉ。
特に車内からの電話もOKです。 もし電話する場合は ボーイさんに
お願いすればポータブル電話機を借りれます。
そして座席ヨコのジャックに接続して通話することができまた (゚▽゚*)

 それに各シートでラジオ放送も聞くことが出来ました。(* ̄ー ̄*)
備え付けのイヤフォンを使えばNHK第1/第2放送を電車内で聴ける
という豪華さ。ただただ、ラジオは2等車でも備え付けられていたので
これは当然かなぁ!!

サービスでは「おしぼり・紅茶・コーヒー・クッキー」が提供されました!
また新聞・雑誌などのサービスもありましたよぉ(*^ー゚)bグッジョブ!!

さて、こんな豪華な開放室がある電車の運命は凄く短命なものでした。
昭和35年(1960)に誕生してしてから東海道本線を大活躍しましたが
昭和39年(1964)に東海道新幹線が出来ると活躍の場を大阪方面に
移し山陽本線で活躍しますが利用客が少ないよぉ・・・。

そんな訳で、国鉄のオジサン達の改造で昭和43年(1968)には豪華な
車両が普通のグリーン車になりましたなので僅か8年の命でした

この改造の時に開放室の座席が交通博物館に引き取られました!!
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さて、時が経って今のお話をしますねぇ。国鉄ご自慢だった開放室
座席が全国で僅か3席だけ保管されているのです(v^ー゜)ヤッタネ!!

元々は交通博物館には1両分の14席が保存されていたようですが
時が経つにつれ失われました。そのうち2席が大阪の交通科学館に
最後に残った1席が交通博物館に残りました。初めは交通博物館で
も通常展示されていましたが、ある時から展示をやめ保管庫の奥で
物凄く眠り続けましたぁ もはや誰もが忘れかけた時に!!!

なんと長い眠りから覚めて再び姿を現しました。それが平成16年!
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   【↑交通博物館 特別展「電車100年」での展示風景】
長い眠りから覚めて私たちの元に再び現れた開放室の座席さんです。
残念ながらガタガタです。しかも、いろんな部品が欠損しているよぉ!

欠品している部品として座席のヘッドレスト・レッグレストユニットそして
写真では白のレースカバーがかかっているのですが、これは偽物で!
本物は綺麗なJNRマークが入っていました( ̄ー ̄)ニヤリ

でも、この特別展で初めて見た時は凄く感動しました。この座席の上な
ら死んでも良いと思えるぐらいです。もちろん死にたくありませんけど。
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【↑平成20年 「特別企画展 電車特急50年」での展示風景】

交通博物館から4年後に再び、開放室の椅子が展示されましたよぉ!
この時の展示では「白いレース」が復元されました。少しずつ復元され
る椅子。その後も徐々に復元されると思いきや!!

いまは大宮鉄道博物館では綺麗なレプリカが展示されています・・・。
また開放室の椅子は深い眠りに就いたようです。ああっ
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さてさて、今年も鉄道記念日が近いので少しは真面目に記事を書き
ました。 普段から資料集めと研究をさぼっているので真面目な記事
が少ない「鐡道趣味」でございますが如何でしたでしょうか?

「鐡道趣味」と言いながら座席の話し・・・なんか偏っているよねぇ!!

でも、さすがに疲れましたのでちょっと休憩しますねぇ_ノフ○グッタリ
そう言いながら更新をさぼる・・・朝比奈でした

次回更新は10月5日前後を予定しています。

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日本国有鉄道(JNR)」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
こういう細部にこだわった鉄話、好きです(笑)
この座席が残っていて公開されることがあるというのは
寡聞にして知りませんでした。一度現物を目にしてみたい
ものですね。国鉄が輝いていた時代。

こんばんは。
パーラーカーですね。東海道新幹線開業前の東海道の黄金時代を飾ったこだま号ですね。子供物頃に読んだ鉄道の本で写真を見たことを思い出しました。
その後の国鉄の特急形のモデルにもなったモチーフは綺麗ですね。先頭のクロ151にあった個室が印象的な編成で、子供心にも心が弾んだことを覚えています。

いかさまさま

お返事が遅れてすいます。書き込みありがとうございます。
パーラーカ―の座席を初めて見た時は本当に感動しました
古代の遺物が発見されたときのように驚きをこめて!!
マジマジ見ました。
今は大宮鉄道博物館でレプリカがあります。
・・・レプリカ・・・ちょっと残念です

快速特急さん。お返事遅れてすいませんです・・・。

この151系こだま号はデザイン的に隙のない計算された
素晴らしいデザインだとおもいます。さすが半世紀以上も
前の電車でも工業美に溢れていますねぇ。
凄くガッコいいと思います

 初めまして。
 先ほど某所で“TOKYOU-SIMONOSEKI SPECIAL DAILY TRAIN DE LUXE”というレターヘッドの入った便箋と封筒のセットを見つけました。
 私は切符屋(切符収集。私の場合歴史的資料としての観点に重点を置いて集めています)で、それ以外の鉄道に関する知識がかなり欠落しています。車両はもちろん、切符との関わりがある列車名も関心が薄く、必要がある度にウェブや本を調べているような次第です。
 で本日は先のレターセットをめぐって、検索の結果こちらに辿り着きました。ここ以前に数ヵ所ウェブページを読みましたが、1等車の車内の様子を最も詳しく記していると感じます。読んでいてなかなか楽しかったです。
 が、残念ながら私が知りたいのは戦前の話。その品物が戦前のものであることは確実でしょう(特急が下関止まりなので関門トンネルが出来るより前)。おそらく一流ホテル並みのサーヴィスということで、上記のようなレターセットも無償で提供されたのだろうと思われます。ですがこれまでそのようなものは見たことがありませんし、何かで読んだ記憶もありません。
 初めて見るものだけに、戦前の車内食堂の案内チラシなどよりはるかに珍しいのは確実です。が、果たして買うだけの価値はあるのか? 悩みますねえ。
 ま、そんなことを言いながら買ってしまうとは思いますけど(笑)。切符ではないけれど、鉄道周辺のものでたまに変わったものを見かけると大方は買っています。また同じものを入手できる機会はほとんど無いと感じるからです。

 ちょっと長くなりましたが、最後に。朝比奈というと、京浜急行と横須賀線の間辺りにご縁がおありでしょうか?
 こちらは大森山谷駅です。京浜急行の話題もありますがそれはまた改めて。

ぽてにゃんさん 初めての書き込みありがとうございます。
さてレターセット不思議ですねぇ(゚▽゚*)

詳しくは私の蔵書をさがさないと解らないのですがぁ。

戦前の特別急行列車で東京駅~下関駅間を走ったのは
第1・2列車と第3・4列車。つまり富士と櫻しかありません
そのうち富士が1等車を連結していました。もしレターセットが
あったあのなら富士と記載されるか、もしくはJGRつまり鐡道
省の文字が無いと不思議なので!
時間をかけて知らべて見るのも楽しそうですねぇ。

ちなみに朝比奈は深い意味はありませんよぉ!!


CAOと申します。初めまして。
1等車がグリーン車に変わったのは昭和44年(1969)ですね。私が小学生の頃は、東海道本線には車体に「1」と書いた1等車が走っていました。でも多分、1等車には乗ったことはありません(笑)。

CAOさん 書き込みありがとうございます。
またご指摘ありがとうございます。ああっ間違えたぁ!!
実際に1等車は私は見たことがないので羨ましいですぅ。
もっと早く生まれたかったぁヾ(*゚A`)ノ

アーカイブを漁って辿り着きました。
こだま号の運転は昭和33年からですね。
私は鶴見市場の古市場踏切で151系特急は毎日の様にみています。小学校への通学路でしたから。
因みに客車の多分はと号も朧気に記憶にあります。
高校生の時に友人がクロハ181の区分室がグリーン料金で乗れると云うので、大学生になって山陰旅行の帰路、しおじ2号に下関から大阪までタップリと乗って来ました。
一般的に席番号は列番にA〜Dを付けて4Aとかになりますが、区分室はS1〜S4と逆でした。
全区間一人で、たまに車掌が通るのでした。一般的なグリーン車扱いでしたから茶菓やおしぼりのサービスはありませんでした。
椅子を替えて普通車となった隣への客に、乗車時に「こちらは何だ?」と窓越しに眺める時の優越感〜♪
因みに大阪からは急行銀河号の指定席で元特急用客車のスハ44に横浜迄乗って来ました。

お邪魔いたします。
貴重な写真ばかりで感動です。
クロハ181の区分室グリーンは、知らぬ者同士4人が膝を付けあわせるなんて事もあったのでしょうか?

素晴らトン子さん 書き込みありがとうございます。

お尋ねの件ですが区分室は個室では無いので国鉄さんは座席ごとに乗車券を販売していました。なので知らない人4人で区分室の椅子に座る可能性は十分にあるのですが・・・でも、凄いお金持ちさんや財界の方。政治家。などが利用するパーラーカーです。お一人様は無いと思います。お付きの人もいるのでうまく4人で使ったのかなぁ~なんて思っています。

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