ねぇ、こんな格言を知ってる「英国は戦争と鉄道では手段を選ばない」
そんな時は書庫の本で暇をつぶしている朝比奈でございます。
こんな暇な時は書庫の難しいそうな海外の本が面白いですね
今回は広く世界の鐡道を紹介してみますねぇ
そんな海外の鐡道で一番好きなのが英国の鐡道でございます。
なぜ英国の鉄道が好きかと言えば「英国こそ鐡道の本場」だから
そこで皆さんに質問ですよぉ
鐡道(蒸気機関車)を発明した人は誰でしょうかぁ?
実はこれが答えられない鐡道好きな人が意外と多いのですよぉ!
正解わぁ「ジョージ・スティ―ブンソン」と答えたらは残念賞ですよ
本当の正解は「リチャード・トレビシック」さんです。
この方が鐡道の生みの親・そして実用的な鐡道を作ったのが
スティ―ブンソンさんです。そして英国から世界へ鐡道が広まって
行きついた東の果ての日本にも伝わった訳ですよぉ(゚▽゚*)
英国では19世紀から20世紀初頭まで鉄道技術が発展します。
蒸気機関車は発祥の地だけあって恐ろしいほど進化します!
でも、昭和11年(1936)にはドイツ国鉄の05型蒸気機関車が
蒸気機関車で最高時速200.4km/hをだします。凄い!!!
なんとぉ蒸気機関車で時速200kmですよぉ!
たかが新興のドイツごときに負ける英国ではありません。
英国の優れた発想力と・・・妥協と予算の融合物である技術
昭和13年(1938)7月3日に最高時速203km/hΣ( ̄ロ ̄lll)
(下り勾配で記録したのですがぁ・・・それでも凄いでしょぉ)
この蒸気機関車こそ世界に誇る「LNERクラスA4蒸気機関車
4468マラード」さんです。この蒸気機関車での最高速度記録
は現在まで抜かれてません。さすが英国発祥の地ですよぉ。
でもでも英国の鐡道は第二次世界大戦で壊滅的な状態でした。
そこで戦後は4つの大きな私鉄を英国国鉄として統合して建て
直しを図ります。
遅れた鐡道技術も昭和50年代にはインターシティなどの高速
鐡道を徐々に取り入れてますねぇ。英国でも鐡道の復権が進
んでいますよぉ(*^ー゚)bグッジョブ!!
最近は日本製の鐡道車両も英国で活躍していますね(≧∇≦)
そんな優雅で気品が溢れる英国。その素敵な鐡道車両でぇ!
あの英国の優れた発想力と・・・妥協と予算の融合物である!
技術がぁ~作ってしまったのが怪しい↑これですよぉ。↑これ
今回はこの怪しい謎車両のお話ですよぉ。
えっ・・・とぉ。これは蒸気機関車なんです。名前はサザン鉄道
リーダークラス36001車さん。設計した人はOliver Bulleidさん!
この方は蒸気機関車の事で悩んでいましたΣ( ̄ロ ̄lll)
「古くなった小型・中型の蒸気機関車を新しくしなくてわぁ」
【↑ 設計図 クリックするとおおきくなるよぉ】
普通の蒸気機関車には問題が多くありました。
運転室が後ろにあって前が観にくい。それに終点で方向転換が
必要。またスピードがでるために大きなボイラーが必要。それに
蒸気機関車もディーゼル機関車のような万能性能が欲しいなど。
そこでブレイドさんは考えました。それなら運転室を前と後ろに
設置しよぉ。そうそう前後の運転室を通路で繋いで行き来が出
来て出力も高いボイラーを積んで走る装置もサザン鐡道オリジ
ナルにしよぉ!!
それにサザン鐡道で走っていた電気機関車とも共通部分を作っ
て無駄なコストを抑えようぉと! 考えてしまったのですよぉ
そんな訳で英国的悪趣味なコンセプト
蒸気機関車+(電気機関車+ディーゼル機関車)/3=万能機関車!
さすが英国紳士です
「戦争と鉄道(蒸気機関車)では手段を選ばない」
昭和22年(1947)にブライトン鐡道工場でせっせと工事スタート。
すごく不思議な形だけれども蒸気機関車でも運転室が前後にある
蒸気機関車は少数ですが世界(ドイツなどなど)にはありました。
この形をキャブ・フォワード型蒸気機関車などといいますよぉ
【↑ドイツ国鉄05形蒸気機関車003号車 気持ち悪いよぉ】
でも通路で前後の運転室を結ぶのは初めて!!
なぜなら通路で結ぶと蒸気機関車の命ともいえるボイラー部の
中心位置かずれてしまうΣ( ̄ロ ̄lll) それでも作るのが凄い!
なので、バランスをとるために通路下に重りを置いててバランス
をとってみた。しかも中央に石炭をくめるためだけにある中央の
機械室があるけど 通路を作ったので片側しか窓が無い
お蔭で中央機械室は灼熱地獄になってしまった。
しかも、ボイラー構造(火室)も特殊な構造すぎてボイラー内を
耐火煉瓦で囲っていたが熱で崩れる。しかも出力高すぎて炎が
中央機械室までやってくるかも知れないΣ(゚д゚lll)アブナッ !
しかもサザン鐡道オリジナルの走行システムは複雑すぎるしぃ
※蒸気機関車なのにディーゼル機関車のような台車なのです。
そして機関車のボディー清掃が楽なように全体がツルツルに!
でも、さすが英国です完成させてしまったぁ・・・ああっ・・・出来た。
もはや蒸気機関車と言わなければディーゼル機関車とも電気
機関車とも言える外観。なんというか優雅のかけらもない外装
そして出来上がった万能蒸気機関車の重さわぁ・・・
なんと152.2トンです。あまりにも重すぎる。
あの世界最速の高速走行用の蒸気機関車マラード号でさえ約
167トンなのに万能蒸気機関車としては重すぎて走れる線路が
限定してしまう。これでは万能にならないよぉ・・・。
※日本国有鉄道C62形は約145トン(炭水車含む)
↑こうしてみると蒸気が出ているので蒸気機関車なのが分るねぇ。
そんな訳で昭和24年(1949)6月から試験運転が開始されました。
もちろん万能蒸気機関車なので貨物も客車も引っ張りました
物凄く走りは良かったあのですがぁ。それと同時に機関士さん達
は重労働でヘトヘト・・・しかも水も石炭も大量に消費してしまう事
が発覚してしまった ダメダメだぁ( ´;ω;`)ブワッ
それに設計図の段階で気がつかなかったのかぁ、中央の機械室
が脱線した時に窓側に倒れた場合に機関助手さん逃げ道が無い
※車両の通路は前後の運転室を繋いでるだけで中央機械室には
繋がってないのですよぉ。 ダメじゃん! ああっ物凄く・・・
そもそも初めに戻って良く考えてみたら・・・。
初めは「古くなった小型・中型の蒸気機関車を新しくしなくてわぁ」
から始まったのに出来上がったモノは完全に大型蒸気機関車で
しかも運用コストが高く。乗務員の労働環境が悪化するという
評価としては「評価できるところを探すのが難しい」と言える程の
蒸気機関車になってしまった
さすがに5両試作車両として作られ1両しか完成せずに計画は!
やっぱり中止になりました
う~ん蒸気機関車を進化させようと考えたアイデア自体が失敗の
原因で、おとなしく電気機関車かディーゼル機関車を設計した方
がお金の無駄にならずに済んだかもぉ
Oliver Bulleidさん
(1882 年 9 月 19 日-1970 年 4 月 25 日)
でもでも鐡道技師としては数多くの傑作機関車も設計した人でも
あります。皆さんは名前は覚えておきましょうねぇ(* ̄ー ̄*)
そんな訳で、今回はわたしの書庫にあった本から抜粋で
鐡道の本場「英国」の蒸気機関車をお伝えしました。
書いた人は
朝比奈ひなた でした!!
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コメント
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こんばんは。
英国は鉄道の母国ですね。現在では日本の高速列車システムが輸入され、明治の時代と逆になっていますが、それはそれとして、英国の鉄道には歴史と風格があります。
記事のような機関車を私は知りませんでしたが、様々な機能を取り込もうとした実験的開発には技術者の魂が感じられます。
きかんしゃトーマスに出てくる路面機関車の「トビー」を少し連想してしまいました。
投稿: 快速特急 | 2016年1月31日 (日曜日) 20時59分
快速特急さん。書き込みありがとうございます。
返信が遅れてすいませんです
日本の鐡道だけでなく世界の鐡道も紹介していきたいです!
世界には面白い発想の鐡道車両が多いので、また紹介記事
を書けたらよいなぁ・・・と思っています(≧∇≦)
不思議鐡道の話し次回もお楽しみに(*゚▽゚)ノ
投稿: 朝比奈 ひなた | 2016年2月 5日 (金曜日) 21時43分