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2018年6月20日 (水曜日)

体調悪くて記事の更新が遅れています(>_<)(>_<)(>_<)

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皆さん如何お過ごしですか? 朝比奈ひなたです(*゚▽゚)ノ

さてさて、実は6月になってから体調が悪くて休みの日は
家で強制的に大人しくしています。しかも、足が少し悪く
て歩くと痛いのです。お蔭で記事もかけないで更新も遅
れがちです!

記事を書きたい気持ちはあるのですが気力が追い付か
ないです。ちょっと、ゆっくりペース更新になりますが!
生暖かく見守ってくださいませ(o・ω・)ノ))

主筆 朝比奈ひなた

2018年6月 1日 (金曜日)

青いデイトナビーチへ 夏ダイヤの京浜急行 品川駅は大忙しです! 宮松コレクションで見る(Ⅶ)

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序文として
東京から横浜・横須賀三浦へ。赤い電車と白い線でお馴染
みの京浜急行が開業して120周年になるそうです(*゚▽゚)ノ

そんな年に京浜急行の特集記事を書いてみます。もちろん
多くの有名なブログさんには京浜急行について面白い歴史
&車両などなど詳しい記事がいっぱい書いてあるんですよ。

そこで、朝比奈ひなたさんは最近では語る人も少なくなって
きた、あのキラキラ輝く夏。そう、夏と言えば海水浴。京浜急
行がテカテカと輝いていた時代。そう、昭和50年代そして特
に昭和51年(1976)頃の「京浜品川駅」と「夏ダイヤ」につい
スポットを当て少し書いてみますねぇ。 (=゚ω゚)ノ o(_ _)oペコッ

今回の特集記事作成に当たり宮松慶夫さまのご厚意により
宮松コレクションから初公開になる貴重な写真をお借りでき
ました。 また記事作成に当たり当時のことを知る方々に聞
き取り調査をしました。ここで重ねてお礼を申し上げます。

序文としては最後になりますが展示している宮松コレクション
の写真保存は遠慮下さいますようお願いいたします(*゚▽゚)ノ
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  【↑都心直通・三浦海岸駅・三崎口駅の記念切符】

《§1 北へ南へ伸びる新しい路線 
          三浦海岸駅開業・都心乗り入れ・三崎口駅開業まで》


昭和39年(1964)10月10日に開催された東京オリンピックを
境目として京浜急行は北は押上から順次開業してきた都営
地下鉄線との乗り入れ工事。また、南側は久里浜線の延伸
工事の二正面態勢で大工事をしていました。

まずは京浜久里浜駅から随時延伸工事がスタートします!
昭和38年(1963)には野比駅が開業。3年後の昭和41年に
は2.5kmを延伸して京浜長沢駅・津久井浜駅まで開業し
ます。その年の7月7日には三浦海岸駅が開業(≧∇≦)

この、三浦海岸駅が開業したのは場所は三浦市上宮田と
言います。本当は「上宮田」と言うとても無難な駅名だった
のを京浜急行さんは三崎観光の中心地として魅力ある名
前を考えて「三浦海岸」という名称をつけました(*゚▽゚)ノ

そして、「三浦海岸」を京浜急行の海のリゾートの拠点とし
て大宣伝を始めたんです( ̄ー+ ̄)
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  【↑ 飛行機から見た三浦海岸だよぉ(*゚▽゚)ノ 】

この時のキャッチフレーズがアメリカのフロリダのデイトナ
・ビートと地形が似ていると言う少々無理がある理由から
「青いデイトナビート」と決まり。この年から三浦海岸では
派手な三浦海岸フェスティバルを毎年開催していきます。

宣伝の効果もあって昭和41年(1966)7月31日(日曜日)に
は電車・バス共に当時1日当たりの収入記録を達成!!
その累計は(7月16日~8月15日だけで)当時の金額で約
11億8000万円の大爆発でございますヽ(´▽`)/ ヽ(´▽`)/

三浦海岸駅開業から2年後の昭和43年6月21日は念願
の都心への乗り入れが開始しました。約1.2kmを延伸す
るために使った労力は約182,250人。使ったコンクリ―
の量4万2,120立方メートル。かかった年月は約5年とい
う恐ろしい難工事を突破して電車は都心方面へと走りだし
ました。これで千葉から都心を経由して三浦海岸まで直通
することが可能になり三浦半島が関東近辺の手軽な観光
地へと魅力アップです(v^ー゜)ヤッタネ!!

そして昭和50年(1975)4月26日に三崎市の玄関口として
三崎口駅が暫定ながら開業します。こうして昭和50年まで
には今の京急本線&久里浜線の形が出来上がりました。
Photo
【↑三浦海岸駅&都心直通運転直後の京浜急行路線図】
  
《§2 海水浴と京浜急行沿線に造られたリゾート施設》

都心と繋がった京浜急行さんは流行りの海のリゾート施設
も造っていきます。昭和43年(1968)4月27日には東洋一
の大水族館「京急油壷マリンパーク」。昭和44年(1969)6
月30日には三浦海岸での拠点「京急三浦ビーチセンター」
が開業します。ビーチセンターにはロッカー・シャワー室・休
憩所がありました。また、レンタルサイクリングが300台常
備してある豪華な海の家でした。 また、三崎市の金田湾に
は京急フィシングセンターなど色とりどりの施設がありまし
た(*゚▽゚)ノ
A
 【↑ひなたオリジナル 三浦半島観光マップだよぉ↑】

宿泊施設として城ヶ島温泉ホテル・観音崎ホテル・津久井
浜のケイプシャトーなど三浦海岸・三崎などは京浜急行の
リゾート施設が点在する観光スポットになりました。夏の海
でのリゾートは関東近県では京浜急行が一手に引き受け
る状態が始まりますヽ(´▽`)/

三浦海岸駅が開業した昭和40年代は海水浴シーズンに
なると恐ろしいほどのお客さんが京浜急行へ殺到するコト
になっていくのですΣ(゚□゚(゚□゚*)
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【↑昭和50年頃の京浜急行沿線パンジレット PCなら大きくなるよ】

 《§3 殺人的な海水浴輸送で電車は大奮戦です》

この殺人的な混雑を京浜急行さんはお得意の変態的な行
動力(ダイヤ)で対処していきます。それは古い電車でも新
しい電車でも走れる電車すべて総動員して限界まで動かす
Σ( ̄ロ ̄lll) Σ( ̄ロ ̄lll)

京浜急行では、夏の海水浴シーズンの1か月ちょっとの期
間は特別なダイヤで運転していました。俗に「夏ダイヤ」と
呼ばれていました。普段の平日ダイヤとか休日ダイヤとは
かなり違い、無理やり感が凄いダイヤの季節だったのです
(*゚▽゚)ノ

   ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…

※「夏ダイヤ」と言う言葉の始まりは・・・実は家の書庫を
   探し回っても正式な答えはちょっと解りませんでした
   京浜急行の戦前からのダイヤ詳細は不明な点が多い
   ので答え知っていたら! 教えてε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダァ
   ちなみに夏ダイヤの最後は平成7年(1995)7月24日~
   8月24日に実施されたのが最後で今は行われいませ
   ん(*゚▽゚)ノ

   ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…

特に有名なのが、当時もっている約500両の新旧の電
車を総動員して限界まで使い倒して輸送した昭和45年
(1970)6月21日からの夏ダイヤです。もう限界への挑戦
でございました(*゚▽゚)ノ

★品川-三浦海岸間の臨時海水浴特急を朝夕に10分間隔
★横浜-京浜久里浜間に臨時海水浴特急を朝夕に10分間隔
これすべて臨時特急電車(不定期列車)なのです(*゚▽゚)ノ

だから、通常の電車も走ります!
☆都心からの直通する三浦海岸行き 特急電車が20分間隔
☆品川駅から逗子海岸へ向かう特急電車が20分間隔
☆当たり前だけど普通も急行電車もあるよぉ!!

これが朝夕に一度に走りだすと横浜-金沢八景には10
分間に特急電車だけで3本も通過する。恐ろしい過密ダ
イヤになってしまった、しかもオンボロな電車さえも特急
でガンガンスピード上げて走る始末ですよΣ(゚□゚(゚□゚*)

こんな恐ろしい運転をしても品川駅を出発するときに満
席では「ママ素敵パパご機嫌」とはいきません。 海に着
く前に疲れてしまう。そこで臨時の海水浴特急以外にも
「50円で座れる夏の特別列車」を運転してみたよ(゚▽゚*)

50円で座って行けるなら「ボクご機嫌 行こう 行こう海へ
赤い電車に白い帯 京浜 京浜 京浜急行」ってことで!!

これが昭和45年からスタートした「みうらビーチ号」だよ!
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【↑デビュー当時の「みうらビーチ号」京浜川崎駅を出発する】

みうらビーチ号の停車駅 [昭和45年(1975)のダイヤ]
品川駅を8:12・8:32・9:15に出発して→京浜川崎駅→
横浜駅でお客さんを乗せて京浜久里浜・津久井浜・三
浦海岸に停車していきます(゚▽゚*)

みうらビーチ号は有料料金特急なので品川駅・京浜川
崎駅・横浜駅では乗車券「座席料金」を窓口&立売りで
発売していましていました。さて、どんな販売方法だった
かと言うと(*゚▽゚)ノ
Jpg
      【↑ みうらビーチ号の座席券】

みうらビーチ号用に予め予定数の乗車券を用意します。

各駅でひたすら売ります。品川駅からビーチ号が出発し
たら売れ残った券数を京浜川崎駅に電話で伝えます!
その分も京急川崎駅は頑張って売る。そして、またも売
れ残れば横浜駅に電話して、その分をもっともっと頑張
って売るという人海戦術で対応していましたΣ( ̄ロ ̄lll)

また、不正乗車を防ぐために品川駅・京浜川崎・横浜で
は一部のドアだけを開けて添乗していた営業課の職員
さんが乗車券の拝見をしていました!!電車も職員さ
んも人海戦術です!!

この「みうらビーチ号は」後から三浦海岸フェスティバル
の歌の祭典スポンサーだったラジオ局「ニッポン放送」
さんだったので「愛称は周波数1240」がついた「ハッピ
ー1240号」なんで愛称がついた年もあったよ(*゚▽゚)ノ

昭和52年からはスポンサーがラジオ関東(ラジオ日本)
に変わり当時、京浜急行が提供していた番組と同じ名
前の「ミュージックトレイン」と列車名が変わりました
そんな訳で愛称がスポンサーと共にコロコロと変わる
面白い電車だったのですよぉヽ(´▽`)/

昭和45年~昭和48年 みうらビーチ号
昭和49年(1974)    うみらビーチ・ビバハッピー号
昭和50年(1975)    ハッピー1240号
昭和51年(1976)    みうらビーチ号
昭和52年~昭和55年 ミュージックトレイ号
昭和56年(1981)    アメリカンエキスプレス号
昭和57年~平成2年  ミュージックトレイン号
平成3年~平成6年   みうらビーチ号
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【↑昭和50年代には毎年おもしろい愛称版を掲げていたよぉ】

愛称がコロコロ変わるので電車の先頭に掲げる愛称
看板も最盛期にはユニーク作品が多かったんだよぉ。
特に、ひなたお気に入りなのが昭和53年の愛称看板。
もう、サイケな感じで京浜急行の列車看板では1番フ
ァンキーな感じだと思う(≧∇≦)

さて、こんな名称が付いた有料特急だから向かい合
わせの座席の快適な快速特急電車(600形)を使用
したかと言えば初めはそうだったんですが昭和47年
(1971)から昭和57年(1982)までの長きに渡り1000
形(ロングシートの冷房電車=普通の電車)を使っ
ていましたΣ( ̄ロ ̄lll) Σ( ̄ロ ̄lll)

当時でも非常に珍しすぎるロングシート電車で座席
料金を徴収する不思議な臨時特急だったのでした。

そうそう、この不思議な「みうらビーチ号」にはもう1つ
の役割がありました。それは三浦海岸でのイベントに
出演する芸能人を輸送するお仕事。道路渋滞に巻き
込まれないでステージに間に合うように、この電車の
最後尾の車両が出演者専用車両として使われました
(*゚▽゚)ノ

そんな嵐のような昭和40年代を乗り越えた京浜急行
さん。オイルショックなので景気わるいのでレジャーは
少し落ち目になったけど、まだまだ夏=海の勝利の方
程式は続いていました。

《§4 昭和51年 京浜急行 品川駅は朝から大忙しです》

昭和48年(1973)6月24日からの夏ダイヤから少しづつ
変わっていきした。まずはコノ年から「海水浴特急」と言
う臨時特急の名前が「快速特急」と呼び方が変わりまし
た。この時に初めて快速特急の停車駅に京浜蒲田駅と
金沢八景が加わりました。もちろん、夏ダイヤ時の臨時
停車扱いだけどねぇ。

昭和49年(1974)6月30日からの休日夏ダイヤでは翌
年までの臨時運転した快速特急の半分が通常の運行
として走りだしました。これで休日は品川駅-三浦海岸
駅間を終日運転されるようになりました(*゚▽゚)ノ

こうして見ていくと特別な海水浴電車から徐々に普通
の多客期ダイヤへとシフトしていくのが良くわかります。

だからといって海水浴シーズンがある限り京浜急行は
大混雑でございます。京浜急行を扱った雑誌や本では
40年代以降は海水浴輸送の衰退と書いてあるけど!
  実際はやっぱりイモ洗い状態なのですヽ(´▽`)/

さぁ~昭和51年(1976)夏の品川駅に行ってみよう!!
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   【↑国鉄線から見た京浜急行乗り換え出札窓口】

やってきました。東京城南地域の玄関口「国電品川駅」だよ
国鉄から連絡通路を通って着いたのが京浜急行の乗車券
出札窓口だよぉヽ(´▽`)/

ここで、国鉄線からの乗車券の精算と京浜急行線の乗車券
を買いたいんだけどぉ・・・・窓口は遥か彼方にあるよぉ
そして人だかりで近視では遠くの運賃表が見えないよー!
「三浦海岸までいくら????」Σ( ̄ロ ̄lll) Σ( ̄ロ ̄lll)

もちろん京浜急行さんの駅員さん達も大奮戦中でございま
す。通常の窓口以外にも臨時窓口を左右に設置しての迎
撃態勢なのですがお客さんの数に押され気味ですよぉ

連絡出札窓口の上には横断幕に「お得な切符」の情報が
書いてあります。えっと・・・どんな切符あるのかなぁ??

 京浜急行品川駅から京浜急行一押しは(*´ω`*)
「三浦ビーチ割引乗車券 大人1420円 子ども800円」

三浦海岸往復乗車券・房総金谷往復乗車券・逗子ビーチ
センター割引セット券・逗子海岸往復乗車券・三崎口往復
乗車券。品川駅の駅員さんに聞いたところでは、やっぱり
一番人気は「三浦ビーチ割引乗車券」のようです(*゚▽゚)ノ
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【↑国鉄線から京浜急行線へ乗車券を買うお客さん達】

どのお客さん達も自宅から朝早く出かけて品川駅にたど
り着いたけど駅は大混雑です。もちろんSuicaやPASM
Oもない時代。現金片手に長い列で我慢比べだぁ(*゚▽゚)ノ

頑張って出札窓口にたどり着いたら国鉄からの乗車券を
駅員さに渡して京浜急行線の切符を買います。売る駅員
さんも「大人3枚と子ども5枚」と言われれば神業的の暗算
で直ぐに料金を伝えますΣ( ̄ロ ̄lll) Σ( ̄ロ ̄lll)

窓口で切符売る駅員さん達は京浜急行随一の名人級ぞ
ろいだったよぉ。 次々とお客さんを捌いていくよヽ(´▽`)/ 
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 【↑国鉄から京浜急行線への連絡改札を進む人の波】

そんなこんなで京浜急行線の乗車券を買えたとしても京浜
急行線のホームへは人の流れに乗っていかなければ

出札窓口の左右の改札口には混雑を防止するために、向
かって左側を国鉄線からの入口。 右側を国鉄線への出口
と分離しています。これ分離しないと恐ろしい事になってし
まうよぉ。もうキャパ超えている気がするよぉΣ( ̄ロ ̄lll)
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   【↑朝比奈さん お手製京浜急行品川駅構内図】

これほどのお客さんを一気に対応するには普通の考え方で
は当然無理があるのです。通常のダイヤの時は現在と同じ
ように品川駅のホームは割り振りされていました(*゚▽゚)ノ

1番線は京浜川崎・横浜・三浦海岸方面へ出発する下り電車
専用ホーム。2番線は品川駅止まり・都営京成線方面の上り
電車専用ホーム。3番線は臨時ホーム。これは今と同じだか
ら京浜急行に乗ったことがある人は知っているよね(≧∇≦)
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   【【↑朝比奈さん お手製京浜急行品川駅構内図】

しかし、そんな普通の事をして対応できるわけありません!
そこで京浜急行品川駅の能力を最大限利用できように発着
番線を夏ダイヤでは大幅に変えて対応しますΣ( ̄ロ ̄lll)

1番線は横浜・横須賀中央・三崎口方面の特急・急行・普通
電車の下り電車が出発するホームにします←これ普通

2番線は都営京成線方面の上りホーム&下りの快速特急
三浦海岸行き電車ホームとして使用しますΣ(゚□゚(゚□゚*)

3番線も遊ばせません。6両編成しか停車できませが特急
久里浜駅行きのホームとして使用します。と言うことは!!

1番も2番線も3番。全部の番線から横浜・横須賀中央方面
の下り電車が出発することになります。狭い1番線ホームに
お客さんを集中する訳にも行かなので駅構内で分散する為
の苦肉の策を実施していまいしたΣ( ̄ロ ̄lll) Σ( ̄ロ ̄lll)
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   【↑国鉄線から見た京浜急行線の連絡改札口】

そんな全部の番線から下り電車が出発するので改札口の
上には横断幕で「のりば案内」が注意書きとして書かれて
います。さすがに、これだけ突然ホームの位置が変わると
大変だよねぇ~知っていても迷ってしまうよ。しかもです!

スマホも無い時代なのです。スマホを頼りにウロウロすれ
ばOKという時代ではありません。自分自身で考えないと
正しいホームまでたどり着かないのですよぉ-(*゚▽゚)ノ
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【↑1番線到着 その場で折り返し 特急三浦海岸行き 】

さて、これだけ出発するホームが変わると運転関係の方々
も大忙しだよ。上り電車を2番線に停車させて。乗り降りが
終わると引き上げ線に進ませ。ここで折り返して下り電車
として1番線へ進ませ出発させる。こんな普通な対応では
絶対無理なんです

Photo
 【↑品川行き1番線到着 そのまま折り返し作戦】

そこで、手始めに考えたのが上り「特急 品川行き」電車を
下り線へ逆走させて直接1番線で折り返し」運転をする方
法。これなら引き上げ線に電車を進める必要が無いので
時間短縮できるねぇ*゚▽゚)ノ

B
 【↑品川行き1番線到着 引き上げ線経由 2番線発車】

または、同じく上り電車を下り線へ逆走させて1番線でお
客さんを降ろして引き上げ線に向かいます。そして、2番
線の上り電車(都営京成線方面)が到着する隙を縫って
2番線に到着させて三浦海岸駅行きとして出発させます。

そんなアクロバットな運転を実施する為に、いま京浜急行
600形632号車を先頭に8両編成の電車が京浜急行品
川駅1番線に到着しようとしています。この先頭を走る電
車さんを見ると屋根には冷房装置がありませんよ! だか
ら非冷房と思うでしょぉ(*゚▽゚)ノ

実は冷房化魔改造の餌食になってしまい冷房装置を全
て床下に収められた恐ろしい仕様なのです。だから天井
から冷気をだす普通の常識は通用しません。実はクロス
シートの窓下に吹き出し口があると言う・・・凄く足が冷え
る謎仕様の冷房装置を積んでるのだぁーΣ( ̄ロ ̄lll)
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  【↑ラッシュ激しい8:45分 電車に乗りこむ人々】

さて、昭和51年当時の京浜急行品川駅は現在と比べてホ
ーム8両編成分しかなくホームの幅も狭かったので混雑す
ると大変なんだよぉ-。それにしても海水浴へ行く子ども連
れの方々。また仕事へ行く人達でホームはただでさえ熱い
のに熱気でムンムンだよぉしかも電車も床下からの
熱気で湯気が出そうだよ・・・・。
7014a
    【↑まだ冷房化されていない夏の700形】

そうそう。まだまだ冷房車が少ない時代なのですよー
昭和46年(1971)から京浜急行では冷房化工事が始まって
まだ5年後なので非冷房の電車達がガンガン来ますよー
il||li _| ̄|○ il||li

特に写真に写る京浜急行700形電車さんは、1両にドアが4つ
あるので普通の電車より開く窓が少なくて夏場は換気悪すぎ
て地獄の棺桶と呼ばれた由緒ある電車さんですΣ( ̄ロ ̄lll)

それでもクールズビズって何って時代だけど、よく写真を
見ると今より開襟シャツとワンピースの人が多くて今より
凄く涼しげに見えるとねぇ。なんだか面白いと思いました。

そうそう、京浜急行が冷房化100%に達したには昭和51
年から12年後の昭和63年7月26日まで待つことになりま
す。まだまだ夏場は窓全開で電車が走る時代でした!
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【↑1番線ホームから2・3番線ホームへと移動すお客さん】

全ホームから下り電車が出発するとなると国鉄線から来た
お客さん達は2番・3番線ホームへの移動は意外と大変な
んです。今のように品川駅には跨線橋が無い時代なので
高輪口改札へと下る階段を使って線路の下を回って2・3
番線ホームへ移動しますΣ( ̄ロ ̄lll) Σ( ̄ロ ̄lll)
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【↑8:43発 快速特急 三浦海岸行きを2番線で待つ人々】

さて、上り電車も下り電車も、当駅止まりも停車するカオス
な2番線ホームには車両1両対して1名は必ず対応できる
じゃないかと思うほど駅員さんが厳戒警備で待ち構えてい
ます。写真を拡大して確認できるだけで10名の駅員さん
達がいます。これだけ駅員さん達がいればホームから転
落事故も防げそうです!
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 【↑2番線到着 折り返し 快速特急 三浦海岸行き】

さて、2番線に到着したのは、上り都営京成線方面が出発
する隙をついて、その場で折り返しする「快速特急 三浦海
岸行き」1000形電車さんです。 この列車は1266号車が
先頭に立った8両編成の電車さん達です(*゚▽゚)ノ

実は、この1266号車さんは登場当時は1262号車でした。
昭和46年(1971)7月に京浜急行では初めから冷房車とし
て作られた初めての1000形グループです。大人の事情で
番号を変えられて調べるのメンドクサイ電車でもあります。

写真が撮影されたのが昭和51年だからデビューして5年
後だから、まだまだピカピカな電車さん達ですねぇ(*゚▽゚)ノ
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【↑2番線発 600形で運転する快速特急 三浦海岸行き】

次々と京浜急行品川駅の各番線から下り電車が出発して
いきます。当時の花形で冷房装置を積んでいる600形電
車さんは大人気です。お蔭でホーム人で溢れかえります。

2つ扉電車だから乗り降りも普通の3扉電車さんと比べて
も遅く。出発する2番線ホームは大混雑ですねぇ(≧∇≦)

これだけホームにお客さんがいると整列乗車どころではあ
りません。整列したら3番線に落ちるよぉ・・・。しかも、始発
駅でこれだけ混雑するんだから途中駅から乗れるのだろう
かぁ???
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  【↑ 3番線 9:07発 特急久里浜行き】

3場線には品川始発6両編成の特急京浜久里浜駅行きが
到着しました。さすが非冷房の電車&三浦海岸駅に行くと
なると乗り換えが必要だから、乗るお客さんも少なめです。

こうして京浜急行品川駅は夏の大混雑を人海戦術&持て
る施設を最大限に活用して乗り切っていました(* ̄0 ̄)ノ

 いまから約40年ほど前の京浜急行の思い出です。

 ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…

さてさて、写真の解説文を書いている朝比奈さんなんです
が昭和51年にはとっくに生まれていると思うかも知れませ
ん。でも、実は朝比奈さんはまだ生まれていません

なので、今回は当時を知る人達に聞き取り調査をしました。
だって本&映像で当時の様子を知ることは出来ないでしょ。

お蔭でわたしが生まれる前の日々の日常を知る事ができ
て面白かったよぉー(≧∇≦)

京浜急行は今年120周年を迎えます。たくさんのブログ
で特集記事をお書きになる方がいると思います。そこで
絶対に取り上げる方が少ない夏ダイヤについて書きまし
た。ゆがんだ性格だことでぇ・・・如何だったでしょうか?

今回の記事を書くにあたり。当時の品川駅の風景を収め
た宮松コレクションをお借りできて当時の雰囲気を知るこ
とができました。また、最後になりますが文章作成に対し
てご協力いただいた方々に感謝して文末とします。

平成30年(2018)6月1日
主筆 朝比奈ひなた

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