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2019年7月15日 (月曜日)

日本で唯一! 船のなかにある鐡道車両展示場!! 青函連絡船八甲田丸 

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少し早い夏旅行に函館&青森に来ています。本日は2日目だよー。
前回は濃霧漂う青森駅から青函連絡船八甲田丸さんが係留され
ている港周辺をキョロキョロしながら探索してみた(*´▽`*)

今回お旅行で朝比奈さんが最も楽しみにしている連絡船八甲田
丸さんに乗船して船内を探検して見るよぉー。もう、わくわくでご
ざいますね。特に八甲田丸さんは見学できるゾーンが広くて興
味深々でございます(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)

さてさて、お楽しみの前に入館料を払いましょう(*゚▽゚)ノ
とぉ、言ってもの函館で摩周丸さんに乗船した際に購入した券
青函連絡船共通入館券大人700円を買ってあるのでOKなんだよ!
この券なら1隻の見学料が300円と言うお値打ち価格(*゚▽゚)ノ

通常の場合は大人500円・中学・高校生300円・小学生100円
細かい料金設定で博物館としてはお安い料金なので安心です!
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    【八甲田丸さんお勧め青函ワールドの展示の一部】

それでは八甲田丸さんへ乗船するよぉ(*゚▽゚)ノ
乗船する位置は連絡船でいう所の船楼甲板と呼ばれる部分だよー。
連絡船当時は普通船室だった場所になります。現在では乗船受付
の場所と多目的ホールに改造されて当時を偲ぶ品物はありません。

八甲田丸さんの見学・展示スペースは船楼甲板より上にあります。
そんな訳で船楼甲板(2F)から階段で上に上がりますね(゚▽゚*)
2Fは遊歩甲板と呼ばれた場所で青函連絡船当時はグリーン船室が
あった場所です。ここには青函ワールドと呼ばれる昭和30年代の
青森駅周辺が詳細に復元展示されています(*´▽`*)(*´ω`*)

実はこの青函ワールドなんだけど東京にあった施設なんだよー。
船の科学館で展示されていた青函連絡船羊蹄丸さんにあった施
設を廃船時に移築しているんですΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)

東京お台場に青函連絡船がいた時の記事だよぉ(* ̄ー ̄*)
活気ある青森駅前を再現した青函ワールドかなり見ごたえあり!
時間があったらゆっくり見たい施設だけど今日は急ぎなのでテン
ポ良く進みますねぇil||li _| ̄|○ il||li
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  【↑遊歩甲板 当時のままのグリーン指定椅子席】

2F遊歩甲板は青函ワールドの展示を見終わると青函鐡道連絡船
記念館の展示室に繋がります。ここでは青函連絡船の歩みが詳
しく展示されてます(*゚▽゚)ノ

そうそう函館で摩周丸さんの記事を書いたので重複して書かな
いように注意して八甲田丸さんでしか見れない、ひなたさんお
勧め展示を中心に見ていきますねぇ(*´▽`*)(*´ω`*)

念のために函館に停泊している
青函連絡船摩周丸さんの記事はココをクリックだよぉ(゚▽゚*)

まずは現役当時からの手を加えない設備として注目するのが!
船首側にあるグリーン指定椅子席だよ2列が当時のままに保存
されていますよ!椅子席天井の網棚・カーテン・天井など現役
当時のままなんです。この区画だけ時が止まっているようです。
ココに座れば連絡船が華やかな時代を思い出せるかもだよぉ!
(* ̄ー ̄*)
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    【↑遊歩甲板の船首側にある1号寝台室】

グリーン指定椅子席の先のスペースには寝台室と呼ばれるベッド
が設置された豪華な部屋がありました八甲田丸さんと同じタイプ
の津軽丸型連絡船さんには1号室~5号室までの5室があり1室
の定員が4名で計20名様分が用意されていました(*゚▽゚)ノ

八甲田丸さんの寝台室は現役当時のまま保存されています。見る
ことができるのが1号室。この1号室は4人部屋で1番上下・2番上
下と言う風に区分されていました。この寝台室にはベッド以外にも
ソファーセットが置かれ、さすが船旅と言える施設だよね(*゚▽゚)ノ
そうそう、ちなみに寝台室の料金は終航当時で上下共にお一人様
が2,400円でした(* ̄ー ̄*)
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  【↑遊歩甲板船首側の国鉄船員区画 事務長室】

さて、ここまでが連絡船当時に一般のお客さんが利用できたエ
リアでした。でも大きな八甲田丸さんにはお客さんが立ち入れな
い場所がたーくさんあったんだよぉ(*゚▽゚)ノ

まずは本当なら絶対に進めない船首の寝台室より先に進みます。
寝台室の壁の向こう側は士官船室がありました。士官と言えば偉
い人。つまり船長さん・事務長さん達の大きな部屋が並んでいま
す∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
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     【↑遊歩甲板船首側 サロン会議室】

とくに士官船室だけあってグリーン客室にも負けない豪華さ!
それに船首側の突き当たり(ブリッジの真下)だから窓があり
明るくて素敵だよ!でも、船は士官さん達でだけで動くわけで
はありません多くの船員さん達の部屋も用意されているのです
よー(*゚▽゚)ノ

ほかの船員さん達&売店・食堂のお姉さんたちは部屋は遊歩甲
板(3F)よりさらに下の船楼甲板(2F)普通船室じゃなくて更に下
の車両甲板近くの船底にありました。さすが海の男は区別は凄い
よぉ!!
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そんな厳しい海の男の世界。青函連絡船で一番大きな個人用の
部屋と言えば船長室だよぉ! 船長室は遊歩甲板船首側の右舷
側にあります(*゚▽゚)ノ
船長室には航行中でも分かるようにスピードメーター&方位な
ど示す機器類が設置されています。もちろん居住性も考えてベ
ッドもあるよぉ(* ̄ー ̄*) ちなみに船長室の左横の扉を通ると
サロン会議室に繋がります(゚▽゚*)

さてさて、この遊歩甲板(3F)から更に真上に行くと航海甲板(4F)
つまり船の操縦を行う操舵室ブリッジにたどり着きます!!
(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)

ただ、函館の摩周丸さんでも見学したので今回は省略してお次
は日本で唯一見学できる鐡道連絡船の心臓部分へと探検して
みませうヽ(´▽`)/
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前回の可動橋の話で鐡道連絡船の凄いところはレールを船に繋
いで貨車を直接連絡船へ乗せれるコトと説明したけど、そんな
青函連絡船の使命の支える重要設備がある車両甲板へ行って
みますねぇヽ(´▽`)/

この鐡道連絡線特有の車両甲板を見学できるのは八甲田丸さん
だけなのですよー。それでは先ほど居た遊歩甲板(3F)から階
段&エレベーターで下がること1F部分へ移動しますよ(*゚▽゚)ノ 

上の写真で位置を言えば可動橋から並行に進んで船体が黄色く
塗られた部分が車両甲板部分になるよぉΣ( ̄ロ ̄lll)
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      【↑八甲田丸 船尾扉付近の車両甲板】
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          【↑八甲田丸車両甲板】

さて、やってきました車両甲板だよぉヽ(´▽`)/ヽ(´▽`)/
可動橋から繋がる3本の線路で進んで来た貨車達は八甲田丸さ
んの船尾扉を通り抜けて車両甲板へと進入してきます。船内は可
動橋から繋がる線路3線が左舷側1線、中央はポイントで2線別
れ、右舷に1線。つまり4線が連絡船の線内に線路が引かれいま
したΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)

この線路には左舷側から番線が付けられて呼ばれていました!!
1番線:95.8M=ワム換算で12両が停車
2番線:111.6M=ワム換算で14両が停車
3番線:85.4M=ワム換算で10両が停車
4番線:95.8M=ワム換算で14両が停車
計4番線で貨車(ワム)だと合計48両分、コンテナ列車なら1
編成分、約1000トンの貨車が見事に収まりました。Σ( ̄ロ ̄lll)

そうそう、ちなみにだけどぉ(*゚▽゚)ノ
貨車の出し入れをする際には面白い方法で出し入れをしていま
した。4本ある線路。青森・函館港に到着したらどの番線に停車
している貨車から積み出しをすると思いますか?

まずは中央部分の2番線と3番線が積みだされていきます。そ
して左舷1番線と右舷4番線と積み出したいけど、それすると!
凄く重い貨物車のせいで連絡船がバランスが崩れて凄く傾くの
でバランスを取っていきます。つまり次は2・3番線の空いている
番線に積み込む貨車を先に乗せます。これで重心を安定させて
から1番線つぎに4番線という具合で積みだされていきまいし
た( ..)φメモメモ
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それにしても広いでしょぉー。ひなたも船の中にいるとは思え
ないよ。そうそう現在では誰でもが見学できる車両甲板のスペ
ースと言うこともあり床面は嵩上しています(緑色の床)本当
なら上の写真である船尾扉付近のような床面でございました。
(*゚▽゚)ノ
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日本で唯一見学できる鐡道連絡船の車両甲板と言うことで!!
ほかの船では絶対に無い設備を見てみるねぇ。まずは各番線の
船首側には設置されている連結器ですΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)

船に連結器がある・・・Σ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)
船尾扉から進入してきた貨物車両はレールを進んでこの連結器
連結されます。これで揺れる船内でも安心だね。と言えません。
だって冬は猛烈に時化る津軽海峡です。これではダメだよぉ!
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そこで左右に揺れる船内でも安全に安定させ為にレール脇にあ
る「留め具」と「貨車の台枠」を鋼鉄製の器具でしっかりとゆるみ
無く固定します。 しかも1両1両固定され左右に動く事を防止す
るんだよヽ(´▽`)/
これ凄く重要な器具なんだよぉ。もし波で船が左右に揺れ時に貨
車がレールから脱線して傾いたら貨車の倒れた重さで八甲田丸
さんもバランス崩して傾いてしまうよΣ( ̄ロ ̄lll)
波が荒い津軽海峡だから揺れに対しては厳重注意なのです!!

ちなみに最終手段とも言える恐ろしい装置もありました(*゚▽゚)ノ

その名は「貨車海中投機装置」Σ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)
タンク車などの危険物を積んでいて火災が起きた場合は安全の
為に船尾扉を開放して走る船から落下傘のような直径60cmの
金属製の水中傘を海に投げこみ、水の抵抗を利用して貨車を海
に引きずり出して落とすという謎仕様Σ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)

こんな謎仕様の恐ろしい機器を積んで安全を支えていました。
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さて、この広大な車両甲板には現在は数両の鐡道車両が展示さ
れています。ここで一気に紹介していきますねぇ-(* ̄ー ̄*)

鐡道連絡船の影で大活躍した貨車「ヒ600」だよぉヽ(´▽`)/
連絡船と陸を結ぶ可動橋。その可動橋に重いディーゼル機関車
が乗るとさすがの可動橋も壊れてしまうから。直接機関車が可
動橋に直接乗らないように機関車の後ろに軽いヒ600形貨車
を繋いで貨物を押していましたヽ(´▽`)/

だから荷物を運ばない不思議な貨物車両と言う面白い車両!!
日本ではここだけの展示物だよぉΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)

珍しいヒ700形貨車の先頭にいるのが(*゚▽゚)ノ
DD16形ディーゼル機関車31号機さんです。
昭和46年(1971)から65両が造られたローカル線とか貨車の
入れ替えに活躍すたディーゼル機関車なだよぉ。31号機さん
は昭和49年(1974)に造られ北海道長万部・五稜郭などで活
躍していたんだよぉヽ(´▽`)/
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お次はヨ6000形貨車(車掌車)6798号車さん(*゚▽゚)ノ
昭和37年(1962)から造られた貨物列車最後部に付属される
車掌車です。85/kmで走行できる性能で鐡道貨物全盛時代に
大活躍したけど昭和61年(1986)に貨物列車の車掌さん乗務
が廃止になって用途が全く無くなってしまい・・・あっという間に
仲間たちはスクラップになっていきまいした。
それでも全国数カ所で保存されている仲間がいますよぉー。
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お次の展示車両はスユニ50形 509・510号号車さん(*゚▽゚)ノ

郵便・手荷物など専用に運ぶ貨物車両さんです。国鉄50形客車
さんを基礎にして80両がつくられたけど、やっぱり国鉄の貨物輸
送の減少で郵便&手荷物が廃止になって使い道が無くなりました
il||li _| ̄|○ il||li それでも全国では改造されたりして!
救援車両として数両が現役で頑張ってます(* ̄ー ̄*)
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最後のご紹介するには国鉄 キハ82形ディーゼル特急形気動車。
もはや連絡船の中にいるのが不思議な車両でもあるんだけど!

国鉄初のディーゼル特急形気動車キハ80形の兄弟。キハ82形
さんはパノラミックウィンドウが綺麗な由緒ある車両ですよ。
このキハ82-101号車さんは昭和40年(1965)に製造されて国鉄
函館運転区に所属して特急北斗などで大活躍。北海道の大地
を駆け巡っていました。昭和62年に廃車になり運良く八甲田丸さ
んで展示されています。さすが船の中で雨の心配はないから綺
麗な状態で当時を伝えています(* ̄ー ̄*)
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   【↑津軽丸型連絡船の模型 喫水線より下が第二甲板】
 
さてさて、広大なスペースな車両甲板の見学は終了だよぉ!!
実は八甲田丸さんの展示スペースはまだまだあるのですよぉ。
実はこの広大な車両甲板(1F)の下にも部屋があるのです。

ここから先は海の下になりますよぉΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)
そんな訳で車両甲板から階段で下への進むねぇ(*゚▽゚)ノ
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広大な車両甲板の下は八甲田丸さんを支えるエンジンなど動く
部分だよー!ここは第二甲板(地下1F)まずは船内に電気を供
給する為の発電機室。主発電機は700KVA×3台設置されてい
ます(*゚▽゚)ノ
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      【↑第二甲板 総括制御室】

発電機室の後ろは総括制御室という場所があります(*゚▽゚)ノ
ココは八甲田丸の心臓部分。機関長さんが指揮をする場所です。
すべての動力機器類が操作できるようまとめられています。八
甲田丸さんが自動運転で航海している時はココで監視をしなが
ら船の安全を見守っていますヽ(´▽`)/

改めてみると機械のメーターなどが一杯あるよ。でもPCはゼロ。
なんだか松本零士さんが描く機械のように見えるねΣ( ̄ロ ̄lll)
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       【↑第二甲板 第一主機室】

総括制御室の後ろ(船尾側)には巨大なエンジンがある第一主
機室があります。八甲田丸さんは単動サイクルサイクルトランク
ピストン排気ターボつきディーゼルエンジン8基搭載!!
1基×1,600馬力×8台あり計12,800馬力を出せました(゚▽゚*)

この8基のエンジンは4基づつに別れてシャフトを通してスクリュ
ーへと力を渡していました。総括制御室の中央部分の文字盤に
はエンジンからスクリューへ繋がる部分の表示が見てとれます
よぉ(゚▽゚*)
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こんな大きなスクリューを回して約18ノットだすのだから燃料
も馬鹿になりません。八甲田丸と同じ津軽丸型の1航海の燃料
消費は軽油約6600Lも必要でしたΣ( ̄ロ ̄lll)

しかも燃料が軽油。そうトラックとかバスに使用する燃料だよ。
普通の商船・貨物船は重油(C重油)と呼ばれるガソリンや軽
油を精製して残った油でまだ使える重油と呼ばれる油で走りま
す。しかし八甲田丸さんは高級な燃料(軽油)を使用する為に
経費が凄く高かったのですil||li _| ̄|○ il||li
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        【↑ 第二甲板 水密扉】

そうそう第一主機室など主要な動力部分の通路には厳重な扉が
あるよぉ。これは水密扉と呼ばれる密閉できる自動扉なんです。
もし、絶対にありえないけど、万が一に八甲田丸さんに船が打
つかって、そこから浸水しても大丈夫なように船体に12か所の
水密扉を設けて浸水があった場合は直ちに油圧で自動的に閉
鎖されます(゚▽゚*)

こうして水密扉で仕切られた13か所の区画に2区画が浸水して
も絶対に他には浸水が広がらないように徹底して安全には注意
されていましたヽ(´▽`)/
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あっと言う間に海底から船楼甲板へと帰ってきたよぉ(゚▽゚*)
ああっ楽しいです。もう、ひなたがぬいぐるみなら綿が出てし
まいますよぉΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)

でもでも、この後の時間もあるので後ろ髪を引かれるかんで感
満載で八甲田丸さんとお別れします。また来るね(T_T)/~~~。

それにしても濃霧ではっきりしない空模様が残念(>_<)
今度来ると時はお天気だとよいなぁ~。そんな思い出で一杯な
朝比奈さんが八甲田丸よりお伝えしました。

2019年夏旅行の始まりの記事はココをクリックだよぉ(゚▽゚*)

このお話の続きはココをクリックしてねぇ(*´▽`*)

2019年7月 7日 (日曜日)

列車と連絡船を繋ぐ鐡道施設 可動橋のお話しだよぉ!!

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遥々、函館フェリーターミナルから夜の津軽海峡を超えて昨日
青森駅まで来ました!本日は2日目だよー朝食を食べてから青
函連絡船の名残が残る青森駅を見学してきました。ホームから
は青森港で展示されている青函連絡船八甲田丸さんが見えたよ。
ここまで来たら見学しない選択肢なんてありませんヽ(´▽`)/

そんな訳で青森駅から徒歩3分、旧青森桟橋へ行ってみよぉ!
もう連絡船に乗れると思うだけで喜び勇んで変なステップを踏
みながら歩道をルンルン気分で進むよぉ~
(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
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ひなたが進む場所は旧青森桟橋という場所になります。ここは
青森駅から海側一帯に広がる広大な3つの岸壁があった場所で
巨大な港湾施設が点在していました第一桟橋は132m、第二
桟橋は265m、第三桟橋は159m、3隻同時に入港できる
青函連絡船最大の施設だったのですΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)

現在、当時の連絡船施設が保存されているエリアは上の写真で
青森第二桟橋と書かれている一部でココに青函連絡船八甲田丸
さんが凛々しい姿で佇んでいるのです(*゚▽゚)ノ 
あっなんと美しいのでしょうか!!!
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そんな訳で青森駅から青森港側へ続く歩道を歩いて3分ほどで
見えてきたのが門のような橋のような不思議な鐡道施設だよ!
これこそが「可動橋」と言われる鐡道連絡船独特な構造物なん
だよぉ(*゚▽゚)ノ

この可動橋は陸のレールと連絡船とを結ぶ架け橋の役割を果た
していました。この可動橋を貨車が通って連絡船の車両甲板へ
と送り込まれていきました。可動橋には3線分のレールが引か
れて短時間にワム換算で48~55両の貨車を次々と連絡船へと
運び込み海へと貨車は旅立って行くのですー! 
なんだかマロン・・・ロマンあるでしょぉ(* ̄ー ̄*)
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そんなロマン溢れる謎の輝きを放つ「可動橋」なんだけどぉ!
青森第二桟橋に設置された施設は大正時代に基本が造られ昭和
27年8月に改造された物を青函連絡船終航時まで使用してい
ました(*゚▽゚)ノ

さてさて、この可動橋という施設。言葉にすると凄く簡単だけど
実際は凄くデリケートな施設だったのです。と言うのも!!

陸から可動橋を通り連絡船へと細いレールの上を貨車が通る訳
です。海に浮かぶ連絡船は波の影響で固定されていても揺れま
す。しかも海だから潮の満ち引きもある。そんな上下左右に揺れ
る船に貨車を積むのは至難の業でございましたε-( ̄ヘ ̄)┌
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そこで海面で揺れ動く船に対応し、さらに潮の満ち引きにも対
応し安定したに軌道を提供する施設として可動橋が大活躍する
のです(* ̄ー ̄*)

ここで連絡船用可動橋(改良型)のご説明だよ(*゚▽゚)ノ
レールと繋がる岸壁(陸地)と連絡船(車両甲板)までの距離
は約42.6mもあります!陸側には端桁と呼ばれる6mの橋部
分があり、ここで上下運動にまず対応します。そこから25mあ
る主桁と呼ばれるメインの橋が架かります。この橋をワイヤー
で釣り上げているのが主鉄塔と呼ばれる正面の門なんだよぉ!
これによって干満の差をワイヤーの長さを調節して橋を上下運
動させてることで端桁と共に細密な調整をします(*゚▽゚)ノ

ちなみに潮の干満差だけでも上下に1.5mもあるのです(>_<)
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    【↑改良型可動橋の図面だよぉ(*゚▽゚)ノ】
更に補助桁と呼ばれる6mの橋が主桁に連続して繋がりますよ。
この橋も補助鉄塔と呼ばれる門にワイヤー吊るされていていま
す。ここで船体の傾斜および動揺に対応して動くようになって
います(*゚▽゚)ノ

こんな風に可動橋は端桁+主桁+補助桁の3か所に別れて動揺を
抑え安定させることにより細いレールの上を貨車が走っても連絡
船まで安全に走ることが出来きたのです。こうして大量の貨車が
迅速(車両通過最高速度約6km/h)に積みおろし・積み入れを
行い再び連絡船は貨車とお客さんを満載して津軽海峡へと旅立っ
て行くのでした(*´▽`*)(*´ω`*)

地味な存在だけで連絡船に取って最重要施設だったんだよぉ!!
ちなみに可動橋には新可動橋と呼ばれる物もありますが基本は改
良型可動橋と構造は一緒なの割愛するねΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)
Img_2385a 
現在の旧青森第桟橋に保存されいる可動橋はメンテナンス途中
のようで半分が再塗装されて綺麗に手入れされていました。や
っぱり海に近い施設だから錆が出やすいでしょ~大切にこれか
らもメンテナンスしてもらいたですねぇ(*´▽`*)(*´ω`*)
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そうそう、桟橋の話をしたので青森桟橋以外の桟橋もご紹介!
函館駅には旅客・貨物用に函館第一岸壁と函館第二岸壁があり
ました。でもこれでは青森桟橋と数でつり合いが取れないし大
量の貨車は絶対に捌けないΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)
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そこで、旅客以外の貨物専用連絡船ように積み下ろしする為に
函館駅からかなり離れた有川に桟橋がありました。ここに函館
第三岸壁・函館第四岸壁があり可動橋も設置され貨物の積み下
ろしをしていました。ちなみに連絡船を押したりする補助汽船用の
函館第五岸壁もありました(*゚▽゚)ノ
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さてぇ~と現在の青森第二岸壁のお話しに戻りますね(* ̄ー ̄*)

歴史ある可動橋を超えると八甲田丸さんが美しい姿で浮かんで
います。そこから船首の方向に歩いていくと津軽海峡冬景色の
歌碑が連絡船と並んで設置させていますヽ(´▽`)/

この歌碑に近づくとセンサーに反応して大音響で津軽海峡冬景
色が流れ出し・・・ちょっと恥ずかしい気分になれます💦💦💦
Σ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)
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P5170447a
更に先に進むと八甲田丸前広場にたどり着きます。ここには超
巨大な八甲田丸の実物スクリューが置かれています。それにし
ても陸にスクリューが置かれている情景は結構シュールでござ
います( ̄д ̄)

そうそう、このスクリューも実は由緒ある歴史的なものだよ!
昭和39年(1964)から登場した津軽丸型青函連絡船から採用
された「可変ピッチプロペラ」と呼ばれるスクリューなのです。

これはスクリューの羽の角度を遠隔操作で自由に変えることが
できる優れモノで前進、後進、停止を行う事ができる為にエン
ジンを停止することなく停船待機ができました。いままでは後
進する為にはスクリューの回転を逆回しする必要があったんだ
よ。また速度の調整も細やかに出来る画期的なスクリューだっ
たんだよぉヽ(´▽`)/
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さて、青函連絡船八甲田丸周辺の連絡船施設の見学はこれで終
わりとして美しい連絡船へ乗船してみよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)

綺麗に手入れされ美しい八甲田丸さんに
惚れ惚れとするひなたが青森港よりお伝えしました。

2019年夏旅行の始まりの記事はココをクリックだよぉ(゚▽゚*)

このお話の続きはココをクリックだよぉ( ̄ω ̄;) スマヌ


2019年7月 3日 (水曜日)

青函連絡船の輝きが残る青森駅のホームだよぉ!

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函館から津軽海峡フェリーで青森まで来ましたよー(* ̄ー ̄*)
市内のホテルでゆっくり休んで翌日でございますよぉ(*゚▽゚)ノ

天気は悪くて曇り空、と言うよりも海からの濃霧でまたまた変
な天気だー。しかも肌寒い不思議な感じでございます。ホテル
から歩いて青森駅へ歩いていくと遠くから昔と変わらない駅舎
が見えたよぉ(*゚▽゚)ノ

この青森駅舎は昭和34年(1959)12月25日完成したもので青
函連絡船が華やかな時代を今に伝える歴史ある駅だよ。もち
ろん駅の規模は東北新幹線の新青森駅開業などで東京と直
通する電車もなくなって大きな駅には不釣り合いな感じがちょ
っと悲しい感じです(>_<)(>_<)(>_<)
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時間もあるし別に用事も無い訳だから入場券を買ってホームを
見学してみよぉ~と久しぶりの青森駅へ足を踏み入れてみまし
たよーヽ(´▽`)/
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青森駅本駅舎から階段を上がって長い跨線橋へ向かいますね!
青森駅のホームは6番線まであります(*゚▽゚)ノ
1・2番線が東北本線ホーム
3・4・5番線が奥羽本線ホーム
6番線が津軽線ホームに今はなっていますよぉ!!
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さて、各ホームへ連絡し西口駅舎へ伸びる乗り換え跨線橋まで
来ましたよ。なんだか地方の小さな駅みないな感じだけで決定的
に違いうのは跨線橋の長さだよぉーヽ(´▽`)/
物凄く長いよー。先が見えない・・・さすが貨物の留置線など
があった時代からの通路だけあって趣がありますねぇ(*゚▽゚)ノ
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ひなたが青森駅に訪れた時に跨線橋の広告板を使った
「懐かしい写真で綴る 歴史風景 青森駅の軌跡」
と言う催しがあって大きなポスター代の写真が貼ってあったよ!
どれも連絡線が乗り入れる活気ある青森駅と街並み。さすが本
州と北海道の接続点、鐡道の街 青森を象徴するような写真が
並んでいましたよ(* ̄ー ̄*)
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今の青森駅も堂々としたホームが並ぶ立派な駅なんだけど!!
その大きな特徴と言えばひなたは長いホームと答えますよー。

青森駅のホームは上野駅からの夜行列車などが乗り入れる為に
約300m以上の長いホームがならんでいます。いまでは夜行列車
がすべて消えて青森駅に乗り入れる特急電車と言えば特急つが
る号だけ・・・なんだか寂しいよぉ・・・

ちなみに朝比奈さんの青森駅の思い出と言えば大学時代です!
病気で入院してサークルの旅行に遅れたひなたは一人で上野駅
から東北新幹線。盛岡駅から特急はつかり。そして青函トンネル
を超える為に青森駅で快速海峡に乗り換える為にホーム待って
いたら当時でも珍しいホームでの立売りの駅弁をおじさんから買
いました(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)

冬の寒い季節。その立売りの駅弁の冷たいコトΣ( ̄ロ ̄lll)
お米が凍っていると思うばかりの冷たい駅弁を食べながら東北
恐るべしと思った事でございます。なんだか懐かしいよー!!
P5170586a
さてさて跨線橋の窓からホームを見渡すと長いホームには不釣
り合いな東北本線へ進む2両編線の電車と奥羽本線へ向かう3
両編成の電車がお客さんを待っていましたよー(゚▽゚*)
P5170577a
ひなたは津軽線が発着する5・6番線ホームへ降りてみたよぉ。
ひたすら長いホームを歩いていると青函連絡船が出帆していた
時代を想像して歩いてみました。本当に長いホームでまるで!
北海道への助走みたいな感じがしてきました(*´▽`*)

そんな事を考えて下を見ていたら黄色いペンキで書かれた消え
かけた文字があるよー。うーん。あれ、これって・・・・・。
P5170578a
もう少し先に進むとはっきり読める字を発見しましたよー!!
「連絡線 ↑」そう青函連絡船の乗り換え跨線橋を示す文字が今
も青森駅のホームに残っていたんだよぉΣ( ̄ロ ̄lll)

青函連絡船が消えて約30年。それでも当時を示す痕跡が駅にあ
るのは何だか嬉しい気分がするよぉー。このホーム。この場所か
ら北海道めがけて駆け足で連絡船に乗る為に走っていた人達の
思い出の名残が今もある。なんだか歴史を凄く感じられました。
(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
P5170538a
そうそう5・6番線ホームの青函連絡船桟橋待合所へ通じる階段
は撤去されてありませんけど1・2番線&3・4場線には封鎖されて
使われていないけど当時からの階段が残ります(*゚▽゚)ノ
P5170571aa
  【↑ 賑やかな青函連絡船が乗り入れる青森駅】
見てきた今の青森駅と青函連絡船が現役時代の航空写真と比べ
ると更に良く分かるよぉ!上の写真で話て見るね。長く延びる300m
ホームは今と変わりないよね。そのホームの端。一番手前の跨線
橋に通じる階段が今もの残る旧跨線橋へ通じる階段だよー!!
Img_2360a
せっかくだから上の航空写真を更に説明してみよぉ(*゚▽゚)ノ
青森駅ホームから連絡船へ通じる乗り換え跨線橋がたどり着く
場所は「青森桟橋待合所」だよー。ここが青函連絡船の青森側
の本拠地だよ。この建物は青森第二岸壁にも繋がっていました。

上の写真で青函連絡船が停船している場所は青森第一岸壁だよ
ここからもお客さんを乗せて船は出港するよ。ちなみに写真には写
っていいないけど、写真の更に手前側には青森第三岸壁があり
8000トン級の津軽丸型が同時に3隻も接岸できました!

その青函連絡船に貨物列車を乗せたり降ろしたりする為に広大
な貨物専用線が桟橋構内に引かれていましたΣ( ̄ロ ̄lll)
そう考えると当時の青森駅の巨大さが解るよ思うよぉ!!!!
P5170600a 
久しぶりに来た青森駅を楽しく見る事ができたよぉ!!
ホームにいても海からの潮風を感じることができました。
その潮風の先に青函連絡船八甲田丸が当時のままに停船中!!
やっぱり連絡線のある駅は素敵だね(* ̄ー ̄*)

そんな青森駅前から朝比奈がお伝えしました
(T_T)/~~~

2019年夏旅行の始まりの記事はココをクリックだよ(゚▽゚*)

このお話しの続きはココをクリックだよぉ( ̄ω ̄;) スマヌ

2019年6月16日 (日曜日)

海を走る鉄道 青函連絡船の残り香をもとめて函館駅と摩周丸

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P5160200a 
久しぶりに北の大地「北海道」その玄関口函館に来ていますよ。
さっきまでは函館市電さんを堪能して気分は上々でございます。
さてさて、今回のご旅行ではひなたさんは鐡道以外の乗り物に
乗ってみたいと考えてアレコレ考えているよぉヽ(´▽`)/
D
    【↑旧函館駅舎に飾られていた連絡線の絵】

函館駅と言えば青森と函館を結ぶ青函連絡船の乗り継ぎ駅だよ。
鐡道と船が連絡する独特な駅でそれは賑やかだったと話に聞き
ますけど、残念な事にひなたさんは生まれているけど鐡道には全
く興味がなくて! しかも、すごく子どもの頃だったので現役時代を
見る事はありませんでした(>_<)(>_<)(>_<)

それでも大学時代に訪れた時には旧函館駅舎に微かな連絡船の
名残が色濃くありました。特にひなたがお気に入りだったのが函館
駅の待合所に掲げられた「函館湾の景色」の油絵なんです
(* ̄ー ̄*)

連絡船が函館に出入りする構図は素敵だなと思いました(*゚▽゚)ノ
でも、いまの函館駅には飾られていません。どこにいったのか
凄く心配なんです。ちゃんと保管されていたら良いのだけどぉ。
P5160188a
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真新しい函館駅に連絡船の残り香は無いけど歩いて数分の所に
は本物の青函連絡船が停泊していますよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)

ここは青函連絡船の旧函館桟橋第二岸壁だよぉ(*゚▽゚)ノ
函館桟橋は125mの第一岸壁・148mの第二桟橋がありました。
現在は第二岸壁の一部が当時の姿を若干留めていますよぉ!!

この第二岸壁に係留されているのが青函連絡船「摩周丸」さん。
昭和40年(1965)6月15日に竣工
全長132m 幅7.2m 総トン数8327.71トン
航海速力18.2ノット(33.7km/h)
旅客定員(就航時)1200名 搭載貨車ワム48両 自動車12台

この摩周丸さんは津軽丸型と言われる凄く優秀な青函連絡船の
5番目に造られた船だよぉ。そして船が大好きな朝比奈さんは津
軽丸型さんが一番お気に入りなのですよぉ。おかげで函館に着く
なり変なテンションでございました。久しぶりに青函連絡船に乗れ
て幸せだよぉヽ(´▽`)/ 
Img_2231 
そんなテンションMAXな朝比奈さんは喜び勇んで階段を1つ
飛ばしで登っていきます。さてさて、この摩周丸さんは現在は
函館市青函連絡船記念館として整備され公開しています。
入館時間は4-10月・11月-3月では異なる
のでHPで確認してね(*゚▽゚)ノ
入館料は大人500円 子ども250円(小学生~高校生まで)

ひなたさんのお勧めの入場券は青森に展示されている八甲田丸
にも乗れる2館共通入館券大人700円です。購入してから1年間
有効なので是非お求めくださいねぇ(*´▽`*)(*´ω`*)
しかも、この共通券のデザインが素敵なんだよぉヽ(´▽`)/

連絡船が大好きな朝比奈さんんは良いお土産だよぉ(* ̄ー ̄*)
さてさて、朝比奈さんが好きな青函連絡船に乗ってみよぉ!!
Img_2235a 
この摩周丸さんは係留船であると同時に海上に浮かぶ建築物と
して消防法・建築基準法が適用されていて多くの部分が非公開
になっています(>_<)(>_<)(>_<) ただ非公開の部分は青函連絡船
当時のままなんだよぉ。 けど諸般の事情で立ち入り禁止なので
す。しかも、公開されている展示スペースは大改造されているの
で当時からの変わらない場所は凄く少ないんです(*゚▽゚)ノ

さてさてちょっとした説明は終わりにして(* ̄ー ̄*)

入館するよ。入館する場所は船楼甲板と呼ばれる部分に当たり
ます。ここは列車に例えれば普通席があったフロアです。連絡船
では普通椅子席・普通桟敷席に別れていました。また大きな食堂
もありました。しかし、この船楼甲板の大部分が非公開になってい
ます💦💦💦 なんだか残念だよぉ・・・。

なので入口から左に曲がって直ぐに上がる階段を登ります!!
するとイルカさんの絵が描かれているよぉ(*゚▽゚)ノ
このイルカさん、青函連絡船のシンボルマークなんだよぉ。
P5160195
昭和50年(1975)に青函航路開設70周年を記念してシンボル
マークが決められたのでした。 それぞれの船に1つイルカさん
と救命ブイの共通デザインに船名にちなんだ模様が描かれた
んだよぉ(*゚▽゚)ノ

八甲田丸=八甲田山と睡蓮沼・大雪丸=熊・摩周丸=摩周湖
羊蹄丸=羊蹄山・十和田丸=十和田湖・石狩丸=鮭
檜山丸=かもめ・空知丸=すずらん

なんだか国鉄らしくない可愛いデザインでしょぉ(*゚▽゚)ノ
いまならゆるキャラとしてデビューできると思うけどなぁ。
P5160144a
さて、階段を登り切ると「青函連絡船のあゆみ」コーナーです。
この場所は当時はグリーン椅子指定席があった場所なんだよ!
ただ、ご覧の通りに大改造されて面影はありません。でも展示
物として当時使われていた椅子が設置されていますよ (*゚▽゚)ノ
P5160135a
             【↑ 青函連絡船 普通椅子席の椅子】

この椅子は船楼甲板にあった普通椅子席の椅子だよぉ(*゚▽゚)ノ
列車で例えれば普通席だねぇ。船だから逆に進むことは無いの
で座席は固定式。リクライニングはしません。船だけどとても電車
ぽい座席だよねぇー(* ̄ー ̄*)

座席の背もたれには折り畳み式のテーブルがあります。こんな
ところは船らしいねぇ。そして座席の下には救命胴衣があります。
この普通椅子席は206席も用意されていました(*゚▽゚)
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        【↑ 青函連絡船 グリーン指定椅子席の椅子】

この椅子は遊歩甲板のグリーン指定椅子席の椅子だよぉ(*゚▽゚)ノ
さすが国鉄グリーン車の風格が漂う豪華仕様の座席だね。そして
凄いのは国鉄の列車では設置されていないと思う読書灯付きで!
国鉄でも1・2位を争えいるフラット近い最大の65度も傾斜するリク
ライニング機能付きなんだよ Σ( ̄ロ ̄lll) Σ( ̄ロ ̄lll)

まるで特急こだま号のパーラーカーの座席のような豪華仕様だね。
津軽丸型さんは国鉄のおじさん達が考えられる豪華さを詰め込ん
だグリーン船室を造ったのでした。しかも座席を豪華にしただけで
は国鉄のおじさんは満足しませんでしたΣ( ̄ロ ̄lll)

グリーン指定椅子席は船首部分の大部分を占めているのに定員
96名の少なさ。しかも座席の並びは船首方向に12列。1席が縦に
8席ならぶ優雅で伸び伸び仕様。前の座席までは140cmも離れる
超豪華仕様・さすが国鉄ご自慢の津軽丸だけあるね(*´▽`*)

そうそう実はグリーン船室は2つに別れいました。指定席以外に
グリーン自由席(定員76)がありました。2席並びのグリーン指定
椅子席に似た造りだけどレグレストが無かったりリクライニングが
49度までだったりと差別化されていました。それでも列車のグリー
ン席より足が延ばせる広々仕様なんだけどねぇ!
P5160186a
【↑グリーン指定椅子席の椅子をリクライニングさせてみた】

ちなみに文字でリクライニングの傾斜65度と書いていて意味不
明なので座席を倒してみました。するとかなり凄い傾斜でしょ。
ひなたも座ってみたけど、後ろに倒れると思うぐらいに傾斜し
ますよぉ。しかも足にはレグネストがあるので快適快適だよぉ。
そしてお尻のクッションもフカフカでモフモフだよぉ(*´▽`*)

この座席を使うにはグリーン料金として(*゚▽゚)ノ
グリーン指定席料金=1,600円と運賃が必要でした Σ( ̄ロ ̄lll)
あとグレードが少し下がるグリーン自由席料金=1,100円だよ。
ちなみに青森駅-函館駅までの青函航路の運賃は大人2,000円
※昭和62年4月現在 結構よい運賃だよねぇヽ(´▽`)/
P5160145a 
そうそう座席の話をしたので摩周丸(津軽丸型)の客室とサービ
スについてもう少しお話しをしてみるね (*´▽`*) (*´ω`*)

船楼甲板=普通席と考えてねぇ!!
船楼甲板には普通椅子席が206席ありました。もちろん椅子席
以外には船らしい桟敷席もありました普通桟敷席(座席)は全
部で20以上の区画に別れていました。また別に婦人専用桟敷
席も用意されていたよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
P5160146a
       【 ↑摩周丸に展示されいてる普通桟敷席レプリカ】

現在は航海甲板にレプリカの普通桟敷席が展示されていますよぉ。
上の写真のように広々とした桟敷席でした。そうそう船楼甲板には
美味しい食堂があったと聞きますよぉ(*゚▽゚)ノ
当時のメニューを見てみるとぉ!
「海の幸ラーメン」「海峡ラーメン」「いか刺し定食」「海峡丼」
など本格的な調理を財団法人鐡道共済会が受け持っていました!
連絡船(津軽丸型)には調理師さん3名・ウエートレスさんなど5名
が担当していました。そしてウエートレスさんは大変で船内販売も
担当して日々大忙しです。その他に売店に2名がお土産品など売っ
ていました(* ̄ー ̄*)

また、船楼甲板の船首部分には広々として洗面台またシャワー室
も用意されて普通船室でも船旅を有意義に使える配慮がされてい
ました(*´▽`*)
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               【↑非公開の当時からのグリーン桟敷席】

船楼甲板の上が遊歩甲板でグリーン船室の部分になりますよぉ!

グリーン船室には紹介したグリーン指定席・グリーン自由席があ
りました。その他にもグリーン桟敷席(座席)というなんだか不思議
な席もあります。上の写真のような区画があり定員は10名でゆった
りと高級絨毯で寝そべれるという仕様なのでした。

また、船首部分には寝台室もありました。4人部屋が5室あり計
20名分の寝台が用意されていました。寝台料金は上段・下段共
に2,400円(昭和62年4月現在)グリーン指定席よりも豪華仕様な
寝台なのですよぉ(* ̄ー ̄*)

またグリーン船室付近には広々としたロビー・喫茶海峡などあ
りグレードの高い優雅な船旅が楽しめたんだよぉ(*´▽`*)
P5160137a 
さてさて、お話しが大きくそれてしまったけど展示に戻ります!
この「青函連絡船のあゆみ」コーナーのもう一つの目玉商品と
言えば制服。歴代の船長さん・給仕人さんたちの制服が飾られ
ていますよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)

特にマリンガールさんの制服は可愛いぃ~(* ̄ー ̄*)
マリンガールのお姉さんたちは1980年~青函連絡船が廃止にな
る1987年まで夏季期間に連絡船に乗務していた観光案内ガイド
さん達です。船内の方法&乗船案内など連絡線のアイドル!!
この制服も立派な国鉄制服だよねぇ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
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さてさて「連絡線のあゆみ」コーナーを抜けてると「船のしくみ」
コーナーへやってきますよぉ。約8000総トンもある巨大な津軽
丸型について詳しく説明されています(*゚▽゚)ノ

このコーナーの一番のお勧めは!!
非公開区画の観覧システムを使った見学です∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
摩周丸さんは大人の事情で見る事ができない部分が多すぎるほど
あるので立ち入り禁止部分にテレビカメラを設置して遠隔操作で非
公開部分をのぞき見出来るんですよぉ(* ̄ー ̄*)
 
見る事ができる場所は「車両甲板」「総括制御室」「第一主機室」
モニターを眺めながら遠隔操作で詳しく見る事ができるよぉ!!
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この「船のしくみ」コーナーでは他の船では知ることができない
青函連絡船独自の構造を見る事ができます。青函連絡船と宇
高連絡船はお客さんを運ぶだけではなく、一緒に貨車やコンテ
ナ車を運ぶことができる船「客載車両渡船」という船が大活躍
していました(*゚▽゚)ノ

青函連絡船ではお客さんと貨物車も一緒に運べる代表的な船とし
て津軽丸型が7隻ありました。摩周丸も津軽丸型の1隻だよぉー。
この船は以外には貨物列車専用に運ぶ貨物船(車両渡船)も大活
躍していました。特に空知丸(Ⅱ)は最後まで貨物専用として活躍し
ていたよぉ(* ̄ー ̄*)

こんな風な特殊な構造の船は青函連絡船と宇高連絡線が廃止にな
ってからは造られていません。なので「船のしくみ」コーナーの展示
は普通の船より複雑で興味深いよぉ(*´▽`*)
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「船のしくみ」コーナーを抜け階段を上がるとコンパス甲板つまり
ブリッジ(船橋)に到着します。ここは船の頭脳と言える操舵室に
耳に当たる通信室があります(*゚▽゚)ノ

青函連絡船を運航するには多くの国鉄船乗りさんたちが働いて
いましたΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll) 変な言葉!国鉄船乗りさん。

青函連絡船 摩周丸さんは船長さん以下
船を操る・離岸接岸などを運航を担当する1等航海士・2等航
海士・3等航海士・甲板長・航海掛。エンジン機器類類を担当
する機関長さん以下に二等機関士・操機長。通信を担当する
通信長。船内のお客さん達に対応する事務長・主席事務掛・
事務掛・船客掛そのほかにレストラン・売店を鐡道共済会の
方々など1隻に30人近くが乗りこんで安全快適な航海を支え
ていました(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
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操舵室の真ん中には操舵スタンドがあります。船の割には小さ
なハンドルで大きな摩周丸さんを操船をします。そして津軽丸型
優秀な船なので自動操船を選択すると内蔵されたジャイロコンパ
スで指定された方向へ進んで行きます。もちろん波の力が働い
ても船首を決められた方向へ進んで行きます。
(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)

この小さなハンドルを回すにも号令がありますよぉ!!
スターボート(面舵)と言えば
ハンドルを右に回して舵角を15度に取ります。
ポート(取舵)と言えば
ハンドルを左に回して舵角を15度に取ります。

ハードスターポート(面舵一杯)と言えば
ハンドルを右に回して舵角を35度に取ります。
ハードポート(取舵一杯)と言えば
ハンドルを右に回して舵角を35度に取ります。

操舵を担当したのは航海掛さんでした(*゚▽゚)ノ
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操舵室から扉1枚後ろには通信室があります。通信長が青森&
函館との連絡&報告をしていまそた。また船で得た津軽海峡の
気象情報は通信では発信され気象台は傍受していて貴重な情
報として予報に活用していました∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

広々とした操舵室・通信室の機械はパソコン一つなくて昭和の
機械と言う感じで素敵だなぁ~などと思ってしまいました!!
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コンパス甲板から1階下がって遊歩甲板の通路を歩いて船尾に
くると不思議な場所を発見したよぉ  ( ̄д ̄)なにコレ!!!!
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実は青函連絡船は人・貨物列車以外にも自動車や自転車などを
輸送していました。自動車は遊歩甲板の船尾には自動車を停め
る12カ所の駐車場がありますΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)

運賃は(昭和62年4月現在)
自動車の長さが3mまでは9,700円・4mまでは12,900です!
この運賃にはドライバー1名分の運賃が含まれていますよぉ。

また、自転車・スクーター・オートバイは1便11台までOK
運賃は(昭和62年4月現在)
自転車700円・125cc以下は1,100円・125cc以上は2200円

こんな風に連絡船はあらゆる荷物を積んで津軽海峡を横断し
ていたんだよぉ(* ̄ー ̄*)
P5160175a 
さてさて、船尾から遊歩甲板を歩いて戻ります。なんだから船
が本当に動いているようで少し楽しい気持ちになりましたよ!
朝比奈さんが少し解説したけど、初めに書いたように実際には
乗ったことがありません。本で読んだり大学生の時に摩周丸さ
んに来たときに当時の乗組員さんかお話しを伺ったりしてメモ
を取っていたのでした。

動いてる船には乗ったことは無いけど朝比奈さんが一番好きな
船が保存されているんは凄く嬉しいです。みなさんも函館に来
たら是非、青函連絡船の気分を体験してみてください!!!

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楽しい青函連絡船を下船して函館駅へ戻りますよぉ(* ̄ー ̄*)
摩周丸さんをマジマジと見ていたら錆が酷くなってきています。
海に浮かぶ鉄の塊の宿命で錆びるのです。修理するにはお金
がかかります。ひなたも少ないお財布の中身を寄付したいと思っ
ていますΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)

やっぱり文化財は好きな人ひとりひとりが支えなくてはなりま
せん。日本のお金持ちさん達は海外と違って文化財に対する
寄付がとても少ないから少し残念です。
なんてコト考えながら函館駅へと戻っているとぉ!!!!!
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青函連絡船旧函館桟橋第一岸壁跡が人知れずあった∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
移り変わる函館駅周辺でも、まだまだ青函連絡船の香りが海から
漂ってくるようで嬉しくなりました(*´▽`*)(*´ω`*)

さて、港町の函館に来たら船に乗りたいよぉ!!!
海に出たい衝動の朝比奈が函館駅前からお伝えしました。

2019年夏旅行の始まりの記事はココをクリックだよぉ(゚▽゚*)

このお話の続きはここをクリックしねてぇ( ̄ω ̄;) スマヌ

2017年5月 7日 (日曜日)

宇高連絡船の残り香を探して 宇野駅-高松駅&マリンライナーさん

170506_2325_001_2
桜咲く4月に岡山県まで遊びに行きました。さてさて今は
対岸の高松市にいますよぉ。ここまで来る途中に宇野駅
を経由して四国フェリーさんの宇高航路を利用しました。

この宇高航路といえば昭和63年(1988)4月9日まで国鉄
「宇高連絡船」の航路として超有名でしたヽ(´▽`)/
もちろん、ひなたさんは子ども過ぎて乗ることも見る事も
興味も無く・・・だって東京生まれなのでぇ・・・お別れして
しまいました(゚▽゚*)

そこで、せっかく宇野駅を経由するので、乗り換えの合間
に駅周辺に痕跡があるかなぁ~とぉ軽い気持ちで宇野駅
周辺を探検したのでした(*゚▽゚)ノ
P4031267a_2
すると宇野駅から徒歩3分の小さな公園には地元の
方々が作られた「ごくろうさま宇高連絡船」の石碑を
発見したよぉ(*゚▽゚)ノ

石碑の碑文には(゚▽゚*)
「宇高連絡船は1910明治43年6月12日玉藻丸と児島
丸2隻の就航に始まって以来78年間の長きにわたり
本州と四国を結ぶ大動脈として、産業・経済・文化の
発展向上の原動力となり2億5000万人の人を乗せ
2373万kmの航海におよび、その使命を果たし多くの
人の思い出でを残しながら1988年昭和63年4月10日
瀬戸大橋開通とともに、その姿を消すことになった。

連絡船の歴史を支えてきた多くの人々のご苦労に感
謝するとともに偉大な足跡を記念してこの碑を建つ」

あの栄華を誇った「宇高連絡船」を称える「この石碑」
以外には周りを見渡しても連絡船の「れ」の字も見当
たらないよぉ~~~Σ( ̄ロ ̄lll)

実は青函連絡船で有名な青森駅には八甲田丸さん。
函館駅には摩周丸さんと当時活躍した連絡船の本物
が今も大切に保存されているけど、宇高航路で活躍し
た船はすべて海外に売られてしまって 1隻も保存さ
れていません 本物を見るためには海外へ行こう!
なので当時を偲ぶことは、けっこう難しいのですよぉ
P4031272a
なんだかなぁ~なんだかなぁ~とぉ思って、さらに良く
周辺見渡したら石碑の裏側にある駐車場の中に超不
自然な巨大な「ただのコンクリートの塊」があるよぉ
なになに! 良く見ると看板が立ってるよぉ(o・ω・)ノ))
P4031268a
なんとコレ、宇野駅周辺では唯一の宇高連絡の遺構
宇野駅「宇高連絡船第二岸壁」の一部なのですよぉ!

実は宇野駅周辺は連絡船終航と同時に大規模な港
の整備がおこなわれました。 広大な線路と連絡船の
設備はすべて撤去されて今の綺麗な港ができました。

この「コンクリート岸壁」だけ保存活動によって残され
ました。今では産業遺産として保存されていますよぉ。
この痕跡が保存されなかったら宇野駅周辺には連絡
船の面影を探すのは超困難になったかもぉ
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【↑昭和55年(1980)9月撮影 宇野駅(*゚▽゚)ノ 大きくなるよ】
H198ccg20072c22b46
【↑平成19年(2007)8月撮影 宇野駅(*゚▽゚)ノ 大きくなるよ】

上の航空写真でも分かるように、わずか27年で宇野駅
周辺は完全に綺麗スッキリと鉄道線路は消えて道路が
整備された普通の港に変わりました(*゚▽゚)ノ

ここまで変わってしまうと当時を思い浮かべるのは難し
いけど、それでもあの宇高連絡船の駅だったのです

そこで当時の様子を今風に再現しようと、ひなたさんは
家の書庫から、当時の時刻表「交通公社時刻表昭和63
年3月号」を使って終航日4月9日の時刻表をいま風の
電光掲示板風にアレンジしてみたよぉ。
もう、悪あがきですけどぉΣ( ̄ロ ̄lll)
14
 【↑昭和63年4月9日 PCなら大きくなるよ(*゚▽゚)ノ】

当時の宇高連絡船は4隻の大型「客載車両渡船」と1隻
のホ―バークラフト。そして高速艇が宇野駅-高松駅間
18.0kmを忙しく往復していたよぉ(゚▽゚*)

連絡船「伊予丸型」さんは人と貨車を一緒に乗せて運ぶ
大型船。 貨車を27両と普通船室に2050人&グリーン船
室には300人を運ぶことができました。

ホーバークラフト「とびおう」さんは66人しか乗れません。
でも最速驚きの52ノット。 僅か23分で宇高航路を結ぶ
恐ろしいほど高速船でした。 これ以外にも高速艇が大
活躍していました。凄く賑やかな航路だったんですねぇ
15_3
【↑昭和63年4月9日 PCなら大きくなるよ(*゚▽゚)ノ】

瀬戸大橋が開通するまで海を渡るレールとして連絡船
は活躍していました。当時の時刻をよくみてみると最後
の最終便は23:25宇野駅発→高松駅着0:27(*゚▽゚)ノ

でも、最終日は乗り切れないほど大盛況だったようでぇ
最終便の後に臨時最終便が運航されました。
この日、昭和63年4月9日で長きにわたる宇高連絡船
は終わったように見えて実は後日談があります。

実は高速艇だけ宇高航路での存続が決まり細々と運航
していたのですが平成2年(1990)3月31日をもって終就。
これにて長い伝統の宇高連絡船はすべて終就しました。

さて宇野駅での調査は終わり、さて高松駅周辺でもねぇ。
痕跡を探してみたよぉ(*゚▽゚)ノ
P4031493a
四国フェリーさんで高松港に着いたので、さっそく最寄り
の「高松港旅客ターミナルビル」へ行ってみましたよぉ!
実は、この建物がある場所こそ旧高松駅の連絡船のり
ばでした。 なので記念モニュメントなどあるよ(*゚▽゚)ノ
P4031372a
P4031371a
そして、このビルの3Fには「宇高連絡船記念展示場」が
あったんだけどぉ・・・あれ・・・ない・・・移転してたよぉ・・・
ええっ!! Σ( ̄ロ ̄lll)

ビルのフロアーガイドにはテプラで「かがわプラザ」へ移
転しましたと、そっけなく貼り付けているだけで・・・詳しい
い場所まで書いていない。 さすがに困ったよぉヾ(*゚A`)ノ

そこで「かがわプラザ」を捜索してみたけど分からないよ。
そこで諦めて琴電さんへ遊びに行ったんだけどぉ。ここま
で来て諦めるひなたさんではないのです。琴平駅の待ち
時間を使って近代兵器「iPhone」で検索してみよぉ (゚▽゚*)
それでも意味不明! ぜんぜん検索で地図まで出ない。

そこで原始的にもう一度、JR高松駅へ行って駅員さんに
聞いてみるコトにしたよぉ。たぶん言葉は通じると思うの
でOKですよねぇΣ( ̄ロ ̄lll)
P4031377a
そんな訳で琴電琴平駅から逆戻りして。またJR高松駅
まで来てみたよぉ。 まずは駅員さんに日本語で聞いて
みた「あのぉ~」そうしたら親切に教えてもらえましたよ。
なんと「かがわプラザ」駅前にあるビルだったのですよ!
P4031479a
JR高松駅前にある「マリタイムプラザ高松」この3階に
「カガワプラザ」さんがあります。 外側のガラス面に名
前が書いてあったので位置は分かったけど経路が不
明なので迷いながら着いたよぉ(*゚▽゚)ノ
P4031482a
入り口を入ると凄く広い施設だと解って期待したのだけど
実は連絡船の展示は入口正面横の展示ケースだけと言
う寂しいというかぁ・・・なんというかぁ・・・。う~ん・・・(゚ー゚;
P4031483a
それでも当時活躍した宇高連絡船「讃岐丸(Ⅱ)」の1/100
精密模型があります。それにしても面白い形をした船だと
思いませんかぁ。
子供なら見たら泣きそうな形だよねぇヾ(*゚A`)ノ

讃岐丸(Ⅱ)は内海造船で作られました。昭和49年7月に
就航した最新式の宇高連絡船用の客載車両渡船です!
全長89.40m 3088トン 航海速力15.3ノット 定員2350人
最後の大型「宇高連絡船」ですよぉ(*゚▽゚)ノ

宇高連絡船の本拠地は実は高松港でした。なので運航は
国鉄当時は「四国総局」が行っていました。なので宇高連
絡船の本場は高松港。 模型も良いけど、ああっ本物の船
があれば良いのになぁ
P4031485a
さてさて展示の紹介を模型のほか当時、連絡船で使わ
れていた品物が展示されています。 船の案内図などを
みていると当時の気分になるよぉ(*゚▽゚)ノ
P4031486_2a
でも、それでも品物でも大切に保存するのはお金も必要
場所代も高額なので文句は言えません。これからも大切
な宇高連絡船の品々が四散しないようにしてほしいなぁ。

さて「かがわプラザ」さんは香川県のPR施設なので香川
県内の観光地&展示はとても充実していますよ。入場も
無料で駅からも近いのでお勧めスポットだよぉ!

さて、ひなたさんは見るもの見たので琴電志度線に再度
挑戦です! そして前回の記事に繋がるのでした。ああっ
説明は難しいよぉ~~~。
P4031641a
琴電志度線を見終わって、またまたJR高松駅まで帰って
きたよ。本日3回目の高松えきだよ。さぁ、岡山へ帰ろう!

そうそう、いまの高松駅は連絡船のあった時に比べて!!
かなり位置が移動しています。本当に宇高連絡船の痕跡
を調べるのは大変ですよぉ。

帰りは18:10発マリンライナー54号に乗ってみますよぉ。
ただ、今の時間は17:30なのでまだまだ時間があります
そこでJR高松駅名物の「連絡船うどん」さんへ行ってみま
したヽ(´▽`)/
P4031647a
JR高松駅改札を抜けると、直ぐ横にありますよぉ!!!
当時の宇高連絡船の船上には「ビュッフェ」がありました。
そこでの名物は「うどん」。このお店はその味を今を伝え
るお店なのです(゚▽゚*)

ここは立ち食いうどん屋さんだけど、外には座って食べる
スペースもあります。今日はお土産を買ったのでお昼抜き
だったのでお腹すいたよぉ・・・うどんを食べよぉ!!
Img_0462_2
【食券券売機 値段が分かるよ ↑PCなら大きくなるよぉ(*゚▽゚)ノ】

当時の「連絡船うどん」の味を再現しているのは「きつね」
「月見」「鳴門わかめ」の3種類なので注意して下さいねぇ。
Img_0463
わたしが注文したのは「温かい きつねうどん並 400円」

券売機で食券を買ってカウンターのオジサンに券を渡し
たら「いまからうどんを茹でるので10分大丈夫?」と聞か
れたよぉ。「ええっ!! はい大丈夫でございます」と答え
たけど、さすが本格的香川県だよぉ。味も東京で食べる
「うどん」とは別次元でした。値段も安いし満足だよぉ

宇高連絡船の記憶は遠くなるけど、こうして身近に連絡
船を感じられるお店があることは素敵だねぇ。美味しい
うどんありがとうです(o・ω・)ノ))
P4031650a
さて、美味しい連絡船うどんも食べられたのでホームに
停車中の快速マリンライナー54号岡山駅行に乗ります。
この電車には2階立て車両が1両着いていますよ(゚▽゚*)

ひなたさんは初めて乗るので、ここは指定席をみどりの
窓口で買ってみたけど1階席しか空いてなかったったよ
う~ん残念だぁil||li _| ̄|○ il||li

運賃は終着岡山駅まで1,510円&指定席510円=2,030円
やっぱり指定席なので妙なテンション上がりますよぉ

そんな訳で妙なステップを踏みながら自分の席へ座るよ。
快速マリンライナー54号さんは高松を出発すると坂出駅
に停車してすぐに瀬戸大橋を渡っります。そして児島駅-
茶屋町駅-妹尾駅を停車して終着岡山駅に到着します。
わずか57分の旅だよぉ
P4031664a
坂出駅を18:24分に出発すると快速マリンライナーは
夕暮れ近づく瀬戸内海を渡ります。 夕暮れ時の瀬戸
内海は不思議な感じだよ。   島々が重なりあって大き
な陸に見えるよぉ。不思議な感じだよぉ。
P4031669a
そうそう。私が座るA席だと海とは逆側なんですよぉ。
なので外が良く見えなので通路を歩いて電車の車端
部に移動したら車掌さんがここから景色が良く見える
よと教えてくれました(≧∇≦)
親切な車掌さんでうれしいよぉ(o・ω・)ノ))

教えてもらった場所から瀬戸大橋を超えるまで見てい
ましたぁ(゚▽゚*) 夕暮れ時の海は素敵でしょ(≧∇≦)
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さてさて定刻通り、JR岡山駅に19:03に着きましたよぉ。
今日は朝早くからの電車ハイキングで疲れたよぉ(゚▽゚*)

そこでドラッグストアで入溶剤を買おうとJR岡山駅から
地下街「岡山一番街」を歩いていると、なんと「ラッシュ」
を発見したよヽ(´▽`)/

ここの入浴剤は素敵で疲れを取るならお勧めですよぉ!
天然素材の入浴剤&石鹸など豊富。しかも面白いし好
のモノが多くて旅先の必需品なのです
さて、お店で1個購入したけどぉ。この丸い球が1回分
今回は「ドラゴンの卵」を購入してみました。凄かったよ。
Img_0466a
そんな訳でホテルのお風呂で疲れを癒していたらぁ・・・
なんと寝てしまったよぉΣ( ̄ロ ̄lll) 死ぬ・・・本当に死
んでしまうよぉ。でも疲れは取れたヽ(´▽`)/

でも、なぜかお腹空いた。まずい・・・今日は散々歩いた
のにホテルの朝食意外に「きつねうどん×2食」しか食
べていないのですよぉ。
Img_0465a
ここまで来ると外には出たくないので、必殺技のルーム
サービスで一番安い「ハンバーガーセット」を頼みました。
もはや夜食ですよぉ。節約の心をなくしてしまったよぉ!

ホテルのルームサービスの美味しい食事で
明日も変なやる気を出してみるよぉ((´∀`))ケラケラ

そんな朝比奈さんが岡山ANAホテルよりお伝えしました。

p.s.(o・ω・)ノ))
↓この2017年春旅行の始まりの記事はこちらからだよぉ↓
http://harumi-sta.cocolog-nifty.com/khk/2017/04/koj621-fa01.html

             ↓このお話しの続きはこちらだよぉ↓ 
http://harumi-sta.cocolog-nifty.com/khk/2017/05/post-9206.html
 

2014年9月28日 (日曜日)

JNR津軽丸Ⅱ型船就航50周年 昭和39年9月17日 聖火を乗せて

連続4話の第三話になりますヽ(´▽`)/
ここまでモノレール・飛行機ときて船のお話をしようと思います。
C_2
沖縄からYS-11で運ばれた聖火は昭和39年(1964)9月11日に
北海道千歳空港に到着。聖火リレーを開始です。でも北海道は
広い・・・。なので札幌市から一気に函館市へ向かいます。

そして函館港には・・・

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
ここまで来て・・・話しもどします┐(´д`)┌ヤレヤレ

昭和39年の国鉄の出来事と言えば?「東海道新幹線開通」と
いう人が大多数ですねぇ。と言うか、それ知ってる人は鉄道が
好きな人でわぁ。などと考えたり( ̄▽ ̄)ああっ。すいません

そんな中に登場したのが、青函連絡船の最新鋭船「津軽丸Ⅱ」
海の新幹線ともいえる最新鋭の鉄道連絡船でした。

青森駅と函館駅を結ぶ青函航路は距離は約113kmもあり
しかも、途中には難関の津軽海峡がある。難しい航路です。

昭和29年9月26日の洞爺丸台風で一気に5隻が沈没・・・
犠牲者1094名・乗員353名が死亡。ここに一時的に本州
と北海道間の交通が途絶されてしまいました。

こちらも十河国鉄総裁が先行投資をします。
昭和36年(1961)1月、
「青函連絡船取替等計画委員会」を設置して建設方針を決定

絶対に沈まない船。しかも新規の安全対策。速力の向上。
輸送力向上。物凄く難易度が高い造船計画です∑(゚∇゚|||)

この概念で昭和37年(1962)11月8日に神奈川県の浦賀重工で
「津軽丸」の建造がスタートします。昭和39年(1964)3月31日に
竣工します。そして練習航海が始まります。
Q2_2

そして姉妹船の次女「八甲田丸」が同じ年の7月31日に竣工
R4

津軽丸姉妹はお客さんと貨物車両を一緒に乗せる船です。
その大きさは国鉄史上最大級に近い船になりました。
ちなみに津軽丸姉妹は7隻姉妹すごいでしょぉ(゚▽゚*)

全長が132m・総トン数8,278.66トン
最高速力21.57ノット→最高時速39.9km/h 
貨物車両は48両。そして、お客さんは一度に1200名も運べる。
しかも、当時では国内最大級の客船です。

それまでの洞爺丸型の姉妹4隻は
全長が118.7m・総トン数3,898.03トン
最高速力17.46ノット→最高時速32.3km/h
貨物車両18両そして、お客さんは932名

津軽丸型・・・凄い性能がUPですねぇ( ̄ー ̄)ニヤリ

安全には考えられるアクシデントを想定し建設してますよぉ。

お客様はすべて貨車を詰め込む場所の上になりました
これで、万が一の時は脱出するが容易になります( ̄▽ ̄)

もし、沈没しそうなら(もしもの為に)緊急時のゴムボートにへ
乗り移るための、世界初の膨張式滑り台も完備←飛行機の
脱出用滑り台みたいなモノかなぁ(^-^;

消火装置は火災報知器・スプリンクラー。
いまでは当たり前ですが50年前は最新式ですよぉ

海面より下の場所は多くの区画に分かれていて
2区画浸水してOK←浸水はダメですけどぉ
Tky201109080402
エンジンも強力です( ̄ー+ ̄)
1,600制動馬力×4台×2系統ある(* ̄ー ̄*)
4つに1つにまとまり1つのスクリューを回します。
↑これは羊蹄丸さん( ̄▽ ̄)

大時化(おおしけ)の時に速力の維持が大切。津軽丸でも海峡で
波に船首を向けることが出来なければ大変なことに
なのでエンジンは一番大切な安全装置。合計6,400馬力で進めます。

Ya_3

船底はたくさんの区画に分かれていて津軽丸の本当の心臓部です。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…
Img_1185185_27689496_2

さてさて、お話しを戻して聖火リレーは函館市内に入ります。

そして、国鉄函館駅の連絡船乗り場
最新鋭津軽丸がピカピカでお待ちかね( ̄ー ̄)ニヤリ

9月17日朝。
函館港8時10分出帆―青森12時50分着の4時間40分でしたが。
106便は聖火リレーにあわせてで函館発を9時出帆ですヽ(´▽`)/

護衛は海上自衛の駆逐艦「あきたか」「くまたか」が左右に着きます

最新鋭津軽丸は速力を上げて青函間を3時間50分運航です。
津軽丸のマストには五輪旗が翻ります。
午前11時。汽笛が鳴り、ファンファーレの船内放送。
北海道側の最終走者が掲げる聖火を青森県側第1走者のトーチへ。

 
 津軽丸は12時50分に定時に到着。青森駅桟橋に接岸。
青森港に停泊中の全船からお祝いの汽笛が一斉にまり響きました。
そして青森県からは聖火が二手に分かれます。

1つは日本海側の秋田県まわり・
1つは太平洋側の岩手県まわり。
そして東京へ( ̄▽ ̄)

もうすぐ昭和39年10月にはいります。
つづく。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…
津軽丸は1番早く引退して・・・なぜか北朝鮮に売られてしまいました。
その後の行方は知れず・・・はぁ・・・悲しすぎるil||li _| ̄|○ il||li

次女の八甲田丸は青森港にいらっしゃいます。
R1
こちらも、ことし50歳です。でも潮風が当たる船ですから
痛みが大きいです。雪も物凄いので維持が大変゚゚(´O`)°゚

皆様にお願いです。
どうぞ青森に行く機会がありましたら八甲田丸の見学如何ですか? 
大人500年・高校中学生300円・子ども100円です
国内に2隻しか保存さえていない大切な船。
どうか乗ってみてください

2013年11月 1日 (金曜日)

風とともに去りぬ 連絡船羊蹄丸 青函船舶鉄道管理局

風と共に去りぬ。 もう姿が見れないのが寂しいです。゜゜(´□`。)°゜。

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はじめて東京に連絡船が保存されると聞いたとき青森・函館に行かずに手軽に楽しめると考えて嬉しかったなぁ

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住所も国鉄時代の東京!! これも嬉しいかったなぁ
なんかスッキリしてますよね文字が!!

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ブリッジは機器類が少し撤去されて寂しい感じです。
ちょっと残念ですがそれでも嬉しい

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ブリッチ中央に立てるのは東京ではここだけ!あたりまえですけどねぇ
青森・函館はやっぱり遠いよぉ
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東京湾の船に囲まれていても堂々とした巨体が素晴らしく綺麗!!
さすが最大級の津軽丸型(Ⅱ)だけあります。

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風とともに去りぬ・全て思い出になりました。船もスクラップ。
中身は一部青森県の八甲田丸に! 中の車両は千葉県へバラバラに!!

東京で保存してくれてありがとう。10回は見に行きました
とても絵になる船です塗装も国鉄色 最高に良い船です!!

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最終公開日の1日前です。いい天気。空が青い。
この日でお別れしました

長い間ごくろさまでした。

2013年7月28日 (日曜日)

東京に青函連絡船がいた頃  羊蹄丸 青函船舶鉄道管理局

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東京お台場の片隅に静かな余生を楽しんでいた青函連絡船羊蹄丸。
保存するお金が無くなってスクラップされてしまいました

文化財にお金を出さない国は後世に何を残すことが出来るのでしょうか?
いまだけが良ければ過去はいらない・・・悲しことです

世界中の先進国が近代的な建築・交通・美術を大切に保全しているのに日本だけが地震があるから、土地が狭いから、保存する財団がないから壊されていきます。

未来の日本人に過去に優れた物があったことを伝えなくてわぁ。

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