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2020年9月10日 (木曜日)

いままでありがとう! 玉電渋谷駅~消える東急百貨店 東横店西館 玉川口改札編です!!

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  彷徨えるエトランゼ 朝比奈ひなたでございますヽ( ̄ー ̄ )ノ

どこもいけない日々のひなたなのですが、思い出深い渋谷に来ております。渋谷駅周辺の再開発の波が今秋に西口&南口まで来るようで消える景色を記憶にとどめる為に詳しく見ています♪(o ̄∇ ̄)/ 前回は玉電ビル~東急会館~東横店西館と名前を変えながら今まで渋谷の中核を担っていた建物についてお話をしたよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*) 今回は建物と同時に消える改札口と駅跡のお話だよぉ( ´ ▽ ` )ノ

前回のお話はコチラのACCESS\( ´꒳`)/♥︎ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ
「玉電渋谷駅~消える東急百貨店 東横店西館 建物編です!!」
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そんな訳でヽ( ̄ー ̄ )ノ 都心をまあるく走るJR山手線の外回り電車に乗って!!JR渋谷駅のホームに降りると、たくさんの出口(改札口)があるよぉ( ´ ▽ ` )ノ さすが毎日混雑する天下の渋谷駅でございます!!
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渋谷駅外回りホームはホーム後方(恵比寿駅寄り)から階段を降りて南口改札・ホーム中央(少し後ろ)階段を登って中央口改札・ホーム中央(少し前より)玉川口改札・ホーム前方の階段を降りて(原宿寄り)ハチ公口改札って感じで大きく4つの改札口があります。その中で今年秋に東急百貨店東横店西館が取り壊されると同時に建物内にある玉川口改札も同時に消えてしまいます:;(∩´﹏`∩);: ホーム平面にあるから階段の上り下りが無くて便利だったのになぁ・・・。
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     【↑JR山手線ホームから見た玉川口改札♪(o ̄∇ ̄)/】

そんな玉川口改札は京王井の頭線&銀座線に乗り換えに便利な改札なんだよぉ~。ひなたが高校&大学時代に良く利用した思い出深い改札口です。はぁ~制服着て朝早くから全力疾走で改札を走り抜けた昔が懐かしいよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
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【↑東急百貨店 東横店西館内から見た玉川口改札だよぉ( ´ ▽ ` )ノ】

そんな!ひなた的に思い出が深い玉川口改札(看板には玉川改札と書いてあって正式なんだろうけど・・・なぜかひなたは勝手に玉川口改札と呼んでいる気にしないでくださいませ)この「玉川」って何なのよぉ~って感じです゚ε-( ̄ヘ ̄)┌  渋谷駅の近くには多摩川(玉川)なんて流れてないし超不自然!! 本当に変な名前つけるな!!!って感じで不思議だよねぇ♪(o ̄∇ ̄)/ 
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   【↑ ひなた特製 東京急行玉川線路線図だよぉヽ( ̄ー ̄ )ノ】

実は歴史がある名前なのです。この玉川口改札を抜けると昔は東急さんの駅があったのですΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll) 

その名も東急玉川線(玉電とも言う)。その昔、玉川線は玉川電気軌道として発足しました。その玉電さんは昭和12年拠点の渋谷に巨大ビルを作ろうとして造られたのが今の東横店西館なのです。ってことは、このビル自体は玉電をメインに作られているのです。その為に国電(JR線)から乗換えが簡単なように平面でACCESSできる位置に造られた玉川線への改札口こそが!!この「玉川口改札」なのですヽ( ̄ー ̄ )ノ そんな由緒ある路線名から名付けられた改札口なのですよぉヽ( ̄ー ̄ )ノ それにしても東急玉川線はとっくの昔(昭和44年(1969)5月11日)で廃止になったのに改札口の名前は昭和・平成・令和の時代まで生き延びて来たのですが凄い!! でもぉ~悲しいことに今回の東横店西館が取り壊されると同時に消えてしまうみたいです:;(∩´﹏`∩);:


東急玉川線についてワンポイント( ´ ▽ ` )ノ
東急玉川線は昭和44年に廃止されたけど、一部分「三軒茶屋駅~下高井戸駅」間だけは名前を「世田谷線」と変えて今も元気に張っているよぉ。また渋谷駅から二子玉川園駅間は昭和52年に新玉川線として地下に新設されました。この新玉川線って名前は平成12年(2000)まで残りました。ただ由緒なる玉川線名前は平成12年以降は残念なことに「田園都市線」へと変わってしまいました なんかもったいないε-( ̄ヘ ̄)┌ 
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そんな廃止になった東急玉川線なんだけどぉ~その廃止になった東急玉川線渋谷駅はどこにあったんだろぉ?? 東急玉川線は路面電車でございました。日本で唯一路面電車が国鉄線と同一コンコースで乗り換え可能な玉川線渋谷駅。路面電車の駅なのでビル2階にホームがある凄く特徴的だよねぇ。そんな素敵な玉川線渋谷駅は今(遺構)はどこにあるのぉ???(≧ヘ≦)(≧ヘ≦)(≧ヘ≦)

そんな訳で自宅の書庫にある昭和中期頃の渋谷駅2階の地図を見てみよぉ~。すると玉川口改札を出て直ぐに駅構造物があって線路が東横店西館の建物内部まで伸びているのが解るよねぇ。これが東急玉川線渋谷駅ってことです( ´ ▽ ` )ノ では!!現在の様子と当てはめてみよぉ!!
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そんな訳で( ´ ▽ ` )ノ ひなたの想像(妄想)では上の図のように玉川線渋谷駅があったようです( ´ ▽ ` )ノ ようです・・・ようですって何なのよぉ!! これではマニアさんがすることだよぉ。それでは本格的に調査をし東急玉川線渋谷駅を詳しく探し出してやろうΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll) あははは B型人間の本領発揮って感じだよぉヽ( ̄ー ̄ )ノヽ( ̄ー ̄ )ノ
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まず本格的に調べる前に知っておきたいことは、建物自体に大幅(極端)なリニューアル工事を実施しているか事実の確認です。西館自体の建物は東横劇場があった部分を除いて大幅なリニューアル工事はありません。ただし京王井の頭線へ向かうコンコースの一部が大規模な工事が実施されて変化していたよぉ( ´ ▽ ` )ノ

と言うことは❀.(*´▽`*)❀. 2F玉川口改札付近の柱は建設当時からの物ということだよねぇ。この柱の間隔と本数から玉川線渋谷駅の位置を探せるはずです♪(o ̄∇ ̄)/ そこで柱の位置として資料としたのが昭和中期の渋谷駅2階の図面(上の図面)と東急が作成した賑やかな絵地図です。これを同時に見て柱の数が一致しているか見てみたら見事に一致していました( ̄^ ̄)ゞピッ

そこで次は絵地図を参考にしてみてみます♪(o ̄∇ ̄)/ 国鉄玉川口改札(出て右側)横の柱を1として、前に向かって5本柱を数えてみると5本目の柱は東急玉川線改札口を超えて駅構内コンコースに達しています。そのまま柱の列は東急玉川線下り線ホームへと繋がっていきます( ̄^ ̄)ゞピッ
 
そんな訳で柱の列と本数を目安に今の渋谷駅の風景へ当てはハメていくと玉川線渋谷駅の位置が解るぞぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
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それでは実際に調べてみるよぉヽ( ̄ー ̄ )ノ まずは玉川口改札口と自動販売機に挟まれた柱を1番として柱の列を数えていきますねぇ。すると5本目の柱は現コンコースの左側テナント部分に当たります。この5本目の柱の手前に玉川線改札口(ラッチ)がコンコース部分に対して平行に並んでいたと考えられます。そこから考えると線路(廃線跡)はコンコース部分あり、柱と柱の間に玉電渋谷駅があったと考えられるよぉ( ̄ー ̄)ニヤリ そこで更に詳しく柱の本数を確認して図にしてみよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
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    【↑旧東急玉川線渋谷駅と現在との対比図だよぉ♪(o ̄∇ ̄)/】

この柱の調査から解ったことはJR線自動販売機両側の柱の列の5本目以降に東急玉川線渋谷駅だったと思う。そして柱のサイド1m~2mにホームがあって柱の間に線路があった事がわかったよぉ。玉電渋谷駅の建物内の線路は引き上げ線用で乗車ホーム&降車ホームは建物より先の高架橋の上に設置されていたんだよぉ♪(o ̄∇ ̄)/ 
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              【↑旧東急玉川線渋谷駅跡】
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 【↑東急玉川線のマスコット電車 東急200形電車さんだよぉ゚゚(゚▽゚*)】

そんな訳で旧東急玉川線の駅構内へ行ってみよぉヽ(´▽`)/ヽ(´▽`)/上の写真が旧玉川線渋谷駅だよぉヽ(´▽`)/ 今は渋谷マークシティへ繋がるコンコース部分だよねぇ。誰も彼もソコが廃駅跡とは知らずに歩いていきます。もちろん、ひなたも知りませんでした。まさか通学で走り抜けていていたコンコースに線路があったなんて・・・信じられません。でも、今から約50年前には確かに2両編成に可愛い東急200形電車さんが今のコンコースに毎日来ていたんだよねぇ~。なんだか面白く感じてしまいます(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
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歴史ある渋谷駅(東横店西館)です。最盛期には1Fに都電、2Fに玉電・国鉄改札口・井の頭線乗換コンコース、3Fに営団銀座線・国鉄改札口と言う具合に1つのビルに複合的に鐡道が乗り入れ上下左右に移動することにより自由に乗換えが出来る機能的なビルでした。渋谷駅の中枢と言えるビル。せっかくだから少し記憶に留める為に更に詳しく見てみよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
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まずは天井と柱です。昭和12年から支える武骨な柱です。戦前製なのに柱に装飾も一切ないのが寂しい感じです。だからか東横店西館の内部って建築的には外観と異なって印象が凄く薄いんだよねぇΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)
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床面は白と黒の市松模様です。この市松模様の床面は何時からなんだろぉ・・・古い写真だと確認できなんだよねぇ。
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天井に架かる案内板(2F)。2階が動線の起点になるように十字にサインが出されているねぇ。実は玉川線が走っていた時代の古い写真を大量に見ていたら、ほぼ同じ位置に十字サイン看板を発見したよぉ。もしかしたら同じスタイル物を使っているのかな? う~ん・・・。 それにしても東横線・副都心線がエライ位置にあるよぉΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)
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玉川口改札の横にある階段。下に降りればハチ公口広場前へ!!そして、少し歩けば渋谷のスクランブル交差点そんでもって楽しい渋谷の街に続いていきます。上に上がれば旧営団渋谷駅(銀座・上野・浅草)方面改札口に繋がります。地下鉄乗るのに3Fへ移動なって面白いでしょぉ!!
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  【↑令和2年(2020)1月2日まで利用された銀座線乗車用改札口】

上の写真は2013年に撮影した銀座線改札口だよぉꉂ(ˊᗜˋ*)ヶラヶラ 2020年9月現在の銀座線ホームは明治通り(渋谷駅東口広場)へ位置に移動しています♪(o ̄∇ ̄)/
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さてさて、お次は玉川口改札口を出て左に歩くと直ぐに東横店西館と繋がる南館へ。そしてJR中央口改札口・銀座線へ向かう大階段があります。階段横には由緒ある「しぶそば」と言う東急線の駅中で営業する立ち食いそば屋さんがあります。このお店は1980年に開店した本店なんだけど、この本店も今回の再開発の波で2020年9月13日で閉店になります。別れを惜しむ多くのお客さんで大行列だったよぉ:;(∩´﹏`∩);: もう、ひなたが来た時にな無くなっていたけど「しぶそば」の対面に青汁&牛乳スタンドもありました。結構利用したお店だったなぁ~。どんどんとひなたが知る渋谷が消えていきます゚(×_×;)
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さて、再び東横店西館2Fへ戻って!! 東急百貨店側の階段へ来て見たよぉ。あまり来ない階段だけどぉ。壁に古めかしい数字の階数表記がありました。階段の周辺の壁も歴史を感じる石造りです。こんなところが戦前に作られた部分とわかりますねぇ❀.(*´▽`*)❀.
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さてさて、最後に2階から西口バス広場へ降りる階段で地上へ行ってみよぉ゚゚・*:ヾ(oゝ∀・)ノルンタッター そんな訳で銀座線の鉄橋下の道路まで来たよぉ。実は凄く気になっている遺構があるのです♪(o ̄∇ ̄)/ まずは見てみよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
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あれだよぉ( ´ ▽ ` )ノ 見えるかなぁ(´ω`*) 東横店西館の2階部分にある汚れ&塞いだ後??? かたち的に見て柱と屋根を取り外した後に見えません? 2階にあって建物から連続した構造物と言えば玉電渋谷駅のホーム屋根の柱跡ってことΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll) でも位置的に間違えないよねぇ・・・。 
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とりあえず家の書庫で資料を見返してみました。すると位置は旧東急玉川線渋谷駅に間違えはありません♪(o ̄∇ ̄)/ ひなた的には大発見だよぉ!!数少ない玉電の遺構を見つけられて大満足です。でも柱の大きさとか違うような気がする。と言うのも玉電渋谷駅は廃止後に一時、東急バスのバス乗場に転用されていたんだよぉ。その時に旧玉電渋谷駅は大改造されているのです。しかも平成に入ってからは渋谷マークシティの新しいコンコースを作る時に用地として東急バス乗場が廃止されちょっと残っていた駅の遺構は破壊されましたΣ( ̄ロ ̄lll) 
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発見した遺構は上の絵地図で示した部分だよぉ~。柱の大きさとか屋根の傾きなんかを古い写真で確認をしてみました。たぶんだけど、あの遺構は東急バス乗場時代の作り替えられた屋根のような気がします。確信は無いけど柱の大きさとか見るとそんな感じです。でも玉川線のホーム跡の位置をビル外観から示す貴重な遺構だともうよぉ( ̄^ ̄)ゞピッ
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そんな訳で2回に分けて渋谷駅の中核的ビル♪(o ̄∇ ̄)/ 東急百貨店東横店西館2Fを中心に散策してきました。昭和、平成、令和と3代も渋谷の交通の中枢を担ってきた施設が消えようとしています。それと同時に数少ない東急玉川線の遺構も一緒に記憶の彼方に消えようとしています。是非!! まだビルが在るうちにビルの探検をしてみては如何ですか\( ´꒳`)/♥︎ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ

懐かしい思い出がたくさんある渋谷駅から
朝比奈ひなたがお伝えしました( ̄^ ̄)ゞピッ

2020年9月 5日 (土曜日)

いままでありがとう! 玉電渋谷駅~消える東急百貨店 東横店西館 建物編です!!

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   【↑2013年1月30日撮影 東急百貨店東横店西館】

  彷徨えるエトランゼ 朝比奈ひなたでございますヽ( ̄ー ̄ )ノ
どこにも行けない2020年なんだけど、どうしても訪れたい場所があって今日はお出かけです。そこはどこかと言えば東京渋谷でございます。ひなたが高校時代から通学&遊びで利用した渋谷駅の東急百貨店東横店西館および南館が今秋から取り壊し工事が始まると言うので工事前に訪れたいと山手線に乗り込んで移動だよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
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品川方面から山手線で移動です。コロナ過で空いている山手線に乗り込んで数分で渋谷駅に着くよぉ。ひなたは渋谷駅で降りると便利な玉川口改札でおります。今日は東急百貨店東横店西館と南館の建物を探検するので玉川口改札はど真ん中って感じだよぉ♪(o ̄∇ ̄)/ まずは国道246の歩道橋から渋谷駅の建物を見てみるよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)

まず目に入るのが馬蹄形のような形の東急百貨店東横店西館、そして線路に平行に建つ東横店南館その隣がJR渋谷駅の南口だねぇ。駅前には東急バス&京王バスの拠点、渋谷駅バスターミナルが広がります。バスで世田谷とか杉並方面へと凄い本数のバスが出発していくよぉ!!!
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そんな渋谷駅のランドマークとして親しまれきたのが東急百貨店西館、前は東急会館と呼ばれてました。そんでもって戦前は玉電ビルと名前を3回変えて昭和、平成、令和と3代に渡って渋谷駅の中心として利用されてきました。ただ、今の渋谷は大開発中なのです。渋谷駅東口の再開発の終わりが見えてきたのと同時に南口と西口の再開発が始まろうとしています。この再開発が終わると渋谷はひなたが知らない街へと変わってしまいます:;(∩´﹏`∩);: なんだか寂しいなぁ(>_<)(>_<)(>_<)
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東急百貨店西館をぐるっと!まわるように歩いて建物を見てみよぉ~。なんだか本当に無表情な建物だよねぇ。建物に窓も装飾も無くて無機質な建物って感じだよぉ。見た目はひなた的には最悪な部類だけどぉΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll) 駅ビルとしての機能は物凄い!! 凄く完成度が高い駅ビルだと思うよぉ。2FフロアではJR線玉川口改札で京王井の頭線乗換えができます。3FフロアはJR線中央改札口があり地下鉄銀座線と同一フロアで乗換が出来ます。上下に移動することを主体とした立体的な導線で乗換えが簡単に出来る凄いビルなのですよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
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そうそう、東急百貨店西館ビルの機能として忘れてはいけないのが1Fにある東急バス案内所さんです。東急バス最大のバスターミナルだけあって案内所では路線案内から定期券の発売でいつも混雑していますよぉ。この案内所も9月30日で閉鎖されるそうです。ひなたが大学時代に散々お世話になった場所がまた1つ消えていくよぉ:;(∩´﹏`∩);:
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東急バス案内所を超えてハチ公広場方面へ歩いていくと上には東急百貨店西館から続く地下鉄銀座線の鉄橋があります。地下鉄開業当時からある立派な鉄橋だよぉ♪(o ̄∇ ̄)/ う~ん・・・あれ、なんか変なものがあるよぉ・・・なんだろぉ・・・。まぁ~とりあえずハチ公広場へ行きませう。
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さてさて、ハチ公広場を超えて渋谷のスクランブル交差点を超えてみたよぉ。振り返るとお馴染みの渋谷の風景が広がります。この景色が数年で消えるなんて信じられないよぉ。ひなたにとっての渋谷って、このイメージだから特にそう感じてしまいます( ̄▽ ̄) ひなたが見て来た東急百貨店西館なんだけど実は隠れた歴史があるのです♪(o ̄∇ ̄)/ まさに東急百貨店東横店西館の謎って感じです。あっでも謎って言い方は大嫌いだから使いたくないなあぁΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll) それだったら「東急百貨店東横店西館物語」って感じでお話しするねぇヽ( ̄ー ̄ )ノ 
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【↑当初の玉電ビル完成予定模型 現在の建物とは大きく異なる】

昭和初期の事でした。渋谷から二子玉川と下高井戸を結ぶ玉川電気鉄道さんが起点の渋谷駅に作る巨大ターミナルビル計画から始ります。昭和12年(1937)地上7階・地下2階、総面積は1万7400平米と言う当時としては東京市内では最大規模のビルとして工事が始まりました。しかも交通の接点として1Fに東京市電、2F玉川電気鉄道・省線また帝都電鉄との乗換連絡通路を持ち、3Fには東京高速鉄の駅舎を内蔵するという日本で初めての交通接点を持つビルになる予定でした。ただぁ・・建設計画当時から不安が漂います。あまりの規模に線路の反対側の東京横浜電気鉄道さん&東横百貨店さんは規模の大きさに驚愕して玉川電気鉄道を昭和13年4月1日に買収してしまいますΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll)

しかも建設途中の昭和12年7月7日に盧溝橋事件が起こり日中戦争と発展していきます。もう、こうなると7階建てのビルを作るなんて無理。建設物資の規制(鉄鋼統制令)が始まって万事休すです。それでも玉電ビル工事は3F部分に乗り入れる東京高速鉄道渋谷駅まで頑張って作られましたΣ( ̄ロ ̄lll)Σ( ̄ロ ̄lll) そして昭和13年(1938)12月20日に東京高速鉄道渋谷駅が開業して、とうとう玉電ビルの工事は完全にストップしてしまったよぉ:;(∩´﹏`∩);:
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【↑上:戦前の玉電ビルの写真 下:絵本に描かれた玉電ビル】

そんな訳で玉電ビルは中途半端な形の仮ビルとして運用されていくよぉ♪(o ̄∇ ̄)/ すべてが中途半端な状態なビルで1F~2Fも一部は建設されず。3Fなんて東京高速鉄道渋谷駅の部分だけ作られてあとは屋上って感じで戦前はこのまま過ごしますΣ( ̄ロ ̄lll) それでも市電・省線・玉川線・東京高速鉄道線が立体的に乗換えできるビルとして本格的に機能し始めます。
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ちなみに中途半端な完成当時の階段が今でも残っています。凄く歴史を感じる空間だよねぇ!!
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この壁の1Fとか2Fとかの文字は戦後のものだと思うけど風格だあるねぇ。
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3Fにある旧東京高速鉄道渋谷駅、戦後は営団地下鉄渋谷駅として今年まで現役で活躍していたけど基礎の部分、つまり柱なんかは昭和13年製だったんだよぉ!!!この旧地下鉄渋谷駅も東急百貨店東横店西館と共に消えていきます:;(∩´﹏`∩);:
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さて戦争が終わった昭和20年8月15日、玉電ビルは鉄筋コンクリート製のお陰で空襲から生き残り戦後の歩みを始めますヽ( ̄ー ̄ )ノ 
戦後落ち着きが戻ってきた昭和28年(1953)10月28日に世界的建築家のル・コルビジェさんの弟子である坂倉準三さんが中途半端な玉電ビルの増築工事の指揮をとることになり増築開始です。もちろん建築様式は坂倉さんお気に入りのモダニズム建築で増築されました(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)

昭和29年(1954)11月20日に増築された玉電ビルは名前を東急会館に変更して地下2階・地上11階の高さ43m、ビル最上階の時計台までが60mとビルの高さ制限がある時代に特例で造られた当時東京で一番高いビルとしてオープンしました。内部は地下1・1F~7F(2F)を除くが東急百貨店・8Fがお好み大食堂・9F~11Fは東横ホールとして劇場機能と持ち、3Fに営団銀座線、2Fに国鉄線、玉川線および井の頭線の連絡通路、1Fには都電渋谷駅乗換え口と複合ビルとして華々しくオープンしたんだよぉ(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
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東急会館が完成してから渋谷の周囲は高度経済成長の波に乗って大発展です♪(o ̄∇ ̄)/ 昭和32年にはハチ公前の都電が東口へ移転、昭和44年(1969)5月11日東急玉川線廃止などあったけど昭和、平成、令和と交通の接点としての役割を担い続けました。昭和の終わりごろには東急会館から東横店西館と名前を変えました。ひなたがお世話になったのは平成に入って渋谷マークシティが完成した後の高校時代だったねぇ♪(o ̄∇ ̄)/
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そんな訳で!! ひなたが贈る「東急百貨店東横店西館の物語」でございまいしたヽ(´▽`)/ はぁ~せっかく渋谷に来たんだから遊びに行こうヽ(´▽`)/ヽ(´▽`)/ひなたは渋谷の街が大好きなのです(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*) どちらかと言うと渋谷は大人の街とは言えないけど子どもの街ともちょっと違う、中途半端な不思議な空間なのが好き(≧∇≦)
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アレコレと久しぶりに渋谷を歩いていたら日が暮れて夜になりました。夜の渋谷が一番きれいだと思います。高校時代から夜遅くまで遊んだ街なので夜に輝く渋谷駅はお馴染みの風景だよぉヽ( ̄ー ̄ )ノ 昼間の風景とは大きく変わるのが渋谷の特徴かなぁ(* ̄ー ̄*)
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家路につく人、遊びに来た人、ごちゃ混ぜで賑やかな街。大きなビルの裏には小さなお店があったりと不思議な路地とか小さな坂がある渋谷駅周辺はラビリンスですよぉヽ( ̄ー ̄ )ノ ただ、ひなたが知るラビリンスは数年で無くなってしまう。本当に寂しいですねぇ。
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渋谷のスクランブル交差点から渋谷駅を眺めていると、夜景の明かりに照らされてピカピカですねぇヽ( ̄ー ̄ )ノ
こんな景色を見ていると昔を思い出します。高校時代元気なひなたさんは夜遅くまで制服のまま遊んでおりました~恥ずかしい!!
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さてさて、今日は渋谷を楽しんだけどぉ~鐡道趣味ってことでいろんな調査も怠けないでしております。その調査結果は次週お楽しみに!!そんな訳で久しぶりの渋谷でのショッピングにはしゃぐ!! 朝比奈さんがお伝えしましたヽ( ̄ー ̄ )ノ

この話の続きはコチラらから゚ꉂ(ˊᗜˋ*)ヶラヶラ
「いままでありがとう 玉電渋谷駅 東急百貨店東横店西館 玉川改札口編」

2019年7月 3日 (水曜日)

青函連絡船の輝きが残る青森駅のホームだよぉ!

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函館から津軽海峡フェリーで青森まで来ましたよー(* ̄ー ̄*)
市内のホテルでゆっくり休んで翌日でございますよぉ(*゚▽゚)ノ

天気は悪くて曇り空、と言うよりも海からの濃霧でまたまた変
な天気だー。しかも肌寒い不思議な感じでございます。ホテル
から歩いて青森駅へ歩いていくと遠くから昔と変わらない駅舎
が見えたよぉ(*゚▽゚)ノ

この青森駅舎は昭和34年(1959)12月25日完成したもので青
函連絡船が華やかな時代を今に伝える歴史ある駅だよ。もち
ろん駅の規模は東北新幹線の新青森駅開業などで東京と直
通する電車もなくなって大きな駅には不釣り合いな感じがちょ
っと悲しい感じです(>_<)(>_<)(>_<)
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時間もあるし別に用事も無い訳だから入場券を買ってホームを
見学してみよぉ~と久しぶりの青森駅へ足を踏み入れてみまし
たよーヽ(´▽`)/
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青森駅本駅舎から階段を上がって長い跨線橋へ向かいますね!
青森駅のホームは6番線まであります(*゚▽゚)ノ
1・2番線が東北本線ホーム
3・4・5番線が奥羽本線ホーム
6番線が津軽線ホームに今はなっていますよぉ!!
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さて、各ホームへ連絡し西口駅舎へ伸びる乗り換え跨線橋まで
来ましたよ。なんだか地方の小さな駅みないな感じだけで決定的
に違いうのは跨線橋の長さだよぉーヽ(´▽`)/
物凄く長いよー。先が見えない・・・さすが貨物の留置線など
があった時代からの通路だけあって趣がありますねぇ(*゚▽゚)ノ
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ひなたが青森駅に訪れた時に跨線橋の広告板を使った
「懐かしい写真で綴る 歴史風景 青森駅の軌跡」
と言う催しがあって大きなポスター代の写真が貼ってあったよ!
どれも連絡線が乗り入れる活気ある青森駅と街並み。さすが本
州と北海道の接続点、鐡道の街 青森を象徴するような写真が
並んでいましたよ(* ̄ー ̄*)
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今の青森駅も堂々としたホームが並ぶ立派な駅なんだけど!!
その大きな特徴と言えばひなたは長いホームと答えますよー。

青森駅のホームは上野駅からの夜行列車などが乗り入れる為に
約300m以上の長いホームがならんでいます。いまでは夜行列車
がすべて消えて青森駅に乗り入れる特急電車と言えば特急つが
る号だけ・・・なんだか寂しいよぉ・・・

ちなみに朝比奈さんの青森駅の思い出と言えば大学時代です!
病気で入院してサークルの旅行に遅れたひなたは一人で上野駅
から東北新幹線。盛岡駅から特急はつかり。そして青函トンネル
を超える為に青森駅で快速海峡に乗り換える為にホーム待って
いたら当時でも珍しいホームでの立売りの駅弁をおじさんから買
いました(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)

冬の寒い季節。その立売りの駅弁の冷たいコトΣ( ̄ロ ̄lll)
お米が凍っていると思うばかりの冷たい駅弁を食べながら東北
恐るべしと思った事でございます。なんだか懐かしいよー!!
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さてさて跨線橋の窓からホームを見渡すと長いホームには不釣
り合いな東北本線へ進む2両編線の電車と奥羽本線へ向かう3
両編成の電車がお客さんを待っていましたよー(゚▽゚*)
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ひなたは津軽線が発着する5・6番線ホームへ降りてみたよぉ。
ひたすら長いホームを歩いていると青函連絡船が出帆していた
時代を想像して歩いてみました。本当に長いホームでまるで!
北海道への助走みたいな感じがしてきました(*´▽`*)

そんな事を考えて下を見ていたら黄色いペンキで書かれた消え
かけた文字があるよー。うーん。あれ、これって・・・・・。
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もう少し先に進むとはっきり読める字を発見しましたよー!!
「連絡線 ↑」そう青函連絡船の乗り換え跨線橋を示す文字が今
も青森駅のホームに残っていたんだよぉΣ( ̄ロ ̄lll)

青函連絡船が消えて約30年。それでも当時を示す痕跡が駅にあ
るのは何だか嬉しい気分がするよぉー。このホーム。この場所か
ら北海道めがけて駆け足で連絡船に乗る為に走っていた人達の
思い出の名残が今もある。なんだか歴史を凄く感じられました。
(*´▽`*)(*´ω`*)(*´▽`*)
P5170538a
そうそう5・6番線ホームの青函連絡船桟橋待合所へ通じる階段
は撤去されてありませんけど1・2番線&3・4場線には封鎖されて
使われていないけど当時からの階段が残ります(*゚▽゚)ノ
P5170571aa
  【↑ 賑やかな青函連絡船が乗り入れる青森駅】
見てきた今の青森駅と青函連絡船が現役時代の航空写真と比べ
ると更に良く分かるよぉ!上の写真で話て見るね。長く延びる300m
ホームは今と変わりないよね。そのホームの端。一番手前の跨線
橋に通じる階段が今もの残る旧跨線橋へ通じる階段だよー!!
Img_2360a
せっかくだから上の航空写真を更に説明してみよぉ(*゚▽゚)ノ
青森駅ホームから連絡船へ通じる乗り換え跨線橋がたどり着く
場所は「青森桟橋待合所」だよー。ここが青函連絡船の青森側
の本拠地だよ。この建物は青森第二岸壁にも繋がっていました。

上の写真で青函連絡船が停船している場所は青森第一岸壁だよ
ここからもお客さんを乗せて船は出港するよ。ちなみに写真には写
っていいないけど、写真の更に手前側には青森第三岸壁があり
8000トン級の津軽丸型が同時に3隻も接岸できました!

その青函連絡船に貨物列車を乗せたり降ろしたりする為に広大
な貨物専用線が桟橋構内に引かれていましたΣ( ̄ロ ̄lll)
そう考えると当時の青森駅の巨大さが解るよ思うよぉ!!!!
P5170600a 
久しぶりに来た青森駅を楽しく見る事ができたよぉ!!
ホームにいても海からの潮風を感じることができました。
その潮風の先に青函連絡船八甲田丸が当時のままに停船中!!
やっぱり連絡線のある駅は素敵だね(* ̄ー ̄*)

そんな青森駅前から朝比奈がお伝えしました
(T_T)/~~~

2019年夏旅行の始まりの記事はココをクリックだよ(゚▽゚*)

このお話しの続きはココをクリックだよぉ( ̄ω ̄;) スマヌ

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